・・・一つは雑誌であると、百貨店へ行ったように他へ気が散るからであります。 しかし、雑誌は、決して、軽んぜらるべきものではない。雑誌の価値は、古くなればなる程出て来るものです。この点に於て、書物と対蹠的の感じがします。 この理由は、個・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ 空には軽気球がうかんでいて、百貨店の大売出しの広告文字がぶらさがっていた。とぼとぼ河堀口へ帰って行く道、紙芝居屋が、自転車の前に子供を集めているのを見ると、ふと立ち停って、ぼんやり聴いていたくらい、その日の私は途方に暮れていました。と・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・すごすご立去って、阿倍野橋の大鉄百貨店の横で、背負っていた毛布をおろして手に持ち、拡げて立っていると、黙っていても人が寄って来ていくらだときく。百円だというと、買って行った。隣で台湾飴を売っていた男が、あの毛布なら五百円でも売れる、百円で売・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 大鉄百貨店の前のコンクリートの広い坂道を、地下鉄の動物園前の方へ降りて行くと、ホテルや旅館がぼつりぼつりあった。 一軒ずつ当ってみたが、みな断られた。「だめだね」 もう地下鉄の中ででも夜を明かすより方法がない、と娘の方へ半・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・そういう人は甚だ少くないが、時に気の毒な目を見るのもそういう人で、悪気はなくとも少し慾気が手伝っていると、百貨店で品物を買ったような訳ではない目にも自業自得で出会うのである。中には些性が悪くて、骨董商の鼻毛を抜いていわゆる掘出物をする気にな・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・その前日、新宿の百貨店へ行って結納のおきまりの品々一式を買い求め、帰りに本屋へ立寄って礼法全書を覗いて、結納の礼式、口上などを調べて、さて、当日は袴をはき、紋附羽織と白足袋は風呂敷に包んで持って家を出た。小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ ベナレスの聖地で難行苦行を生涯の唯一の仕事としている信徒を、映画館から映画館、歌舞伎から百貨店と、享楽のみをあさり歩く現代文明国の士女と対照してみるのもおもしろいことである。人生とは何かなどという問題は、世界をすっかり見た上でなければ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・今度の火災については消防方面の当局者はもちろん、建築家、百貨店経営者等直接利害を感ずる人々の側ではすぐに徹底的の調査研究に着手して取りあえず災害予防方法を講究しておられるようであるが、何よりもいちばんだいじと思われる市民の火災訓練のほうがい・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・これは言わば細胞組織の百貨店であって、後年のデパートメントストアの予想であり胚芽のようなものであったが、結局はやはり小売り商の集団的蜂窩あるいは珊瑚礁のようなものであったから、今日のような対小売り商の問題は起こらなくても済んだであろう。とに・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・しかしことによると前日新宿の百貨店で造花の売り場の前を通ったときの無意識の印象が無意識な過程を通じてこれに関係しているのかもしれない。 法事の場面については心当たりがある。前夜の夕刊に青森県大鰐の婚礼の奇風を紹介した写真があって、それに・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫