・・・「それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわったも怪しいもんだぜ。」 飯沼はもう一度口を挟んだ。「だからその中でもといっているじゃないか? 髪は勿論銀杏返し、なりは薄青い縞のセルに、何か更紗の帯だったかと思う、とにかく花柳小説の挿・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・しかし馬の脚は丈夫ですよ。時々蹄鉄を打ちかえれば、どんな山道でも平気ですよ。……」 するともう若い下役は馬の脚を二本ぶら下げたなり、すうっとまたどこかからはいって来た。ちょうどホテルの給仕などの長靴を持って来るのと同じことである。半三郎・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・……柱も天井も丈夫造りで、床の間の誂えにもいささかの厭味がない、玄関つきとは似もつかない、しっかりした屋台である。 敷蒲団の綿も暖かに、熊の皮の見事なのが敷いてあるは。ははあ、膝栗毛時代に、峠路で売っていた、猿の腹ごもり、大蛇の肝、獣の・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・とお光は美しい眉根を寄せてしみじみ言ったが、「もっともね、あの病気は命にどうこうという心配がないそうだから、遅かれ早かれ、いずれ直るには違いないから気丈夫じゃあるけど、何しろ今日の苦しみが激しいからね、あれじゃそりゃ体も痩せるわ」「まあ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・……僕もあまり身体が丈夫でありませんからね。今でも例の肋膜が、冬になると少しその気が出るんですよ」 惣治も酔でも廻ってくると、額に被ぶさる長い髪を掌で撫で上げては、無口な平常に似合わず老人じみた調子でこんなようなことを言った。「そう・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・豊吉は少し笑いを含んで、『貫一さんは丈夫かね。』『達者だ。』『それで安心しました、ああそれで安心しました。お前は豊吉という叔父さんのことをおとっさんから聞いたことがあろう。』 少年はびっくりして立ちあがった。『お前の名は・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・各粗末なしかも丈夫そうな洋服を着て、草鞋脚絆で、鉄砲を各手に持って、いろんな帽子をかぶって――どうしても山賊か一揆の夜討ちぐらいにしか見えなかった。 しかし一通りの山賊でない、図太い山賊で、かの字港まで十人が勝手次第にしゃべって、随分や・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・身体が丈夫ならば丈夫なだけいい。芸術上の仕事には種々な経験が豊かなほどいいのだが、身体が弱ければ生活が狭くなる。少なくともかなりな程度の健康を保つことを常に心掛けなくてはならない。それには、一、十一時以後は必ず夜更かしせぬこと。二、寝床のな・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・「俺もひとつ、負傷してやるかな。」彼は心に呟いた。「丈夫でいるのこそ、クソ馬鹿らしい!」 負傷者の傷には、各々、戦闘の片影が残されていた。森をくゞりぬけて奥へパルチザンを追っかけたことがある。列車を顛覆され、おまけに、パルチザンの襲撃を・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・たと見えて、野州上州の山地や温泉地に一日二日あるいは三日五日と、それこそ白雲の風に漂い、秋葉の空に飄るが如くに、ぶらりぶらりとした身の中に、もだもだする心を抱きながら、毛繻子の大洋傘に色の褪せた制服、丈夫一点張りのボックスの靴という扮装で、・・・ 幸田露伴 「観画談」
出典:青空文庫