・・・ これで思い出したのは、関東大震災のすぐあとで小田原の被害を見て歩いたとき、とある海岸の小祠で、珍しく倒れないでちゃんとして直立している一対の石燈籠を発見して、どうも不思議だと思ってよく調べてみたら、台石から火袋を貫いて笠石まで達する鉄・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ 一層偶然の著しき場合は、例えば鉛筆を尖端にて直立せしめ、これがいずれの方向に倒るるかという場合、あるいは賽を投げて何点が現わるるかというごとき場合なり。これらの場合においても、もしすべての条件がどこまでも精しく与えられおれば結果は必ず・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・葉は根もとを切られてもやはり隣どうしもたれ合って密生したままに直立している。その底をくぐって進んで行く鋏の律動につれてムクムクと動いていた。鋏をあげて翻すと切られた葉のかたまりはバラバラに砕けて横に飛び散った。刈ったあとには茶褐色にやけた朽・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・そうしてうやうやしく直立不動の姿勢を取り、それから両肩をすぼめておいて両方の手のひらをぱっと開いて前方に向け、首を傾けてじっと自分の顔を見つめるという表情法の実演をして見せてくれた。物を言わないで物を言うよりも多くを相手に伝えるこの西洋流の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・卵を想起するであろう。卵を直立させるには殻を破らなければならない。アインシュタインはそこで余儀なく絶対空間とエーテルの殻を砕いたまでである。 殻を砕いて新たに立てた根本仮定から出発して、それから推論される結果までの論理的道行きは数学者に・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・生れ落ちてから畳の上に両足を折曲げて育った揉れた身体にも、当節の流行とあれば、直立した国の人たちの着る洋服も臆面なく採用しよう。用があれば停電しがちの電車にも乗ろう。自動車にも乗ろう。園遊会にも行こう。浪花節も聞こう。女優の鞦韆も下からのぞ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・二重にも三重にも建て廻らされた正方形なる玉垣の姿と、並んだ石燈籠の直立した形と左右に相対して立つ御手洗の石の柱の整列とは、いずれも幽暗なる月の光の中に、浮立つばかりその輪郭を鋭くさせていたので、もし誇張していえば、自分は凡て目に見る線のシン・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・特務曹長バナナン大将の前に進み直立す。曹長以下これに従い一列に並ぶ。特務曹長「閣下!」バナナン大将(徐に眼「何じゃ、そうぞうしい。」特務曹長「閣下の御勲功は実に四海を照すのであります。」大将「ふん、それはよろしい・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・豚は喰べたくなかったが助手が向うに直立して何とも云えない恐い眼で上からじっと待っている、ほんとうにもう仕方なく、少しそれを噛じるふりをしたら助手はやっと安心して一つ「ふん。」と笑ってからチッペラリーの口笛を又吹きながら出て行った。いつか窓が・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ 二、ペンネンネンネンネン・ネネムの立身 ペンネンネンネンネン・ネネムは十年のあいだ木の上に直立し続けた為にしきりに痛む膝を撫でながら、森を出て参りました。森の出口に小さな雑貨商がありましたので、ネネムは店にはいって、ま・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
出典:青空文庫