・・・別荘造りのような構えで、真ん中に広い階段があって、右の隅に寄せて勝手口の梯が設けてある。家番に問えば、目指す家は奥の住いだと云った。 オオビュルナンは階段を登ってベルを鳴らした。戸の内で囁く声と足音とがして、しばらくしてから戸が開いた。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・大竹藪の真ん中で嵐に会った人間は今自分のいる外の天地にも同じ変化が起っているのだとはとても信じ得まい。上を仰ぐ――真青な騒々しい動揺。横を窺う――条を乱し死者狂いのあばれよう。一体これは全くただの雨風であろうか? 自分というとりこめられた一・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・室の真ん中にタイプライターが一台おいてあり、それに向ってほっそりした、これもごく教養的な女が膝を行儀よく揃えて坐り二人の日本女のために幾通かの紹介状をうってくれた。 出て来た時には、リラの木の下のベンチにもう誰もいず、門の前の歩道を犬を・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ こう言って長十郎は起って居間にはいったが、すぐに部屋の真ん中に転がって、鼾をかきだした。女房があとからそっとはいって枕を出して当てさせたとき、長十郎は「ううん」とうなって寝返りをしただけで、また鼾をかき続けている。女房はじっと夫の顔を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・その上に一面に蓆が敷いてある。蓆には刈り取った粟の穂が干してある。その真ん中に、襤褸を着た女がすわって、手に長い竿を持って、雀の来て啄むのを逐っている。女は何やら歌のような調子でつぶやく。 正道はなぜか知らず、この女に心が牽かれて、立ち・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・多分庭の真ん中の立石の傍にある大きい松の木の雪が落ちたのだろう。お松は覚えず一寸立ち留まった。 この時突然お松の立っている処と、上がり口との中途あたりで、「お松さん、待って頂戴、一しょに行くから」と叫ぶように云った女中がある。 そう・・・ 森鴎外 「心中」
・・・ この時玄関で見掛けた、世話人らしい男の一人が、座敷の真ん中に据わって「一寸皆様に申し上げます」と冒頭を置いて、口上めいた挨拶をした。段々準備が手おくれになって済まないが、並の飯の方を好む人は、もう折詰の支度もしてあるから、別間の方へ来・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫