・・・辰の刻頃より馬場へ出御、大場重玄をまん中に立たせ、清八、鷹をと御意ありしかば、清八はここぞと富士司を放つに、鷹はたちまち真一文字に重玄の天額をかい掴みぬ。清八は得たりと勇みをなしつつ、圜揚げ(圜トハ鳥ノ肝ヲ云の小刀を隻手に引抜き、重玄を刺さ・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・――真一文字の日あたりで、暖かさ過ぎるので、脱いだ外套は、その女が持ってくれた。――歩行きながら、「……私は虫と同じ名だから。」 しかし、これは、虫にくらべて謙遜した意味ではない。実は太郎を、浦島の子に擬えて、潜に思い上った沙汰なの・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ このときたちまち、その遠い、寂寥の地平線にあたって、五つの赤いそりが、同じほどにたがいに隔てをおいて行儀ただしく、しかも速やかに、真一文字にかなたを走っていく姿を見ました。 すると、それを見た人々は、だれでも声をあげて驚かぬものは・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・度計を所有しているためであろうが、それにしても何町何番地のどの家のどの部分に烏瓜の花が咲いているということを、前からちゃんと承知しており、またそこまでの通路をあらかじめすっかり研究しておいたかのように真一文字に飛んで来るのである。 初め・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・所有しているためであろうが、それにしても何町何番地のどの家のどの部分にからすうりの花が咲いているということを、前からちゃんと承知しており、またそこまでの通路をあらかじめすっかり研究しておいたかのように真一文字に飛んで来るのである。 初め・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・山腹から谷を見おろすと、緑の野にまっ白な道路が真一文字に開かれて、その両側には新緑の並み木が規則正しく並んでいるのが、いかにも整然と片付いた感じを与えるのであった。 オーストリア人で、日本へ遊びに行った帰りだという童顔白髪の男と話す。富・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・銀の光りは南より北に向って真一文字にシャロットに近付いてくる。女は小羊を覘う鷲の如くに、影とは知りながら瞬きもせず鏡の裏を見詰る。十丁にして尽きた柳の木立を風の如くに駈け抜けたものを見ると、鍛え上げた鋼の鎧に満身の日光を浴びて、同じ兜の鉢金・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・呪いは真一文字に走る事を知るのみじゃ。前に当るものは親でも許さぬ、石蹴る蹄には火花が鳴る。行手を遮るものは主でも斃せ、闇吹き散らす鼻嵐を見よ。物凄き音の、物凄き人と馬の影を包んで、あっと見る睫の合わぬ間に過ぎ去るばかりじゃ。人か馬か形か影か・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫