・・・ いッそ、かの女の思うままになっているくらいなら、むずかしいしかもあやふやな問題を提出して、吉弥に敬して遠ざけられたり、その親どもにかげで嫌われたりするよりか、全く一心をあげて、かの女の真情を動かした方がよかろうとも思った。 僕の胸はい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ その人達は、文壇に於ける芸術というよりか、直に、自己の真情を社会に向って呼びかけるための芸術であります。 情実と利害関係の複雑な文化機関と、その文壇的の声望は、以上の如き芸術に、決して正しい評価を下すものでありません。常にその時代・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・げに真情浅き少女の当座の曲にその魂を浮かべし若者ほど哀れなるはあらじ。 われしばしこの二人を見てありしに二人もまた今さらのように意づきしか歌を止め、わが顔を見上げて笑いぬ、姉なるは羞しげに妹なるはあきれしさまにて。われまたほほえみてこれ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・という詩だけは、七五調の古い新体詩の形に束縛されつゝもさすがに肉親に関係することであるだけ、真情があふれている。旅順の城はほろぶともほろびずとても何事か君知るべきやあきびとの家のおきてになかりけり君死にたまふ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・としみじみと云うその真情に誘い込まれて、源三もホロリとはなりながらなお、「だって、おいらあ男の児だもの、やっぱり一人で出世したいや。」と自分の思わくとお浪の思わくとの異っているのを悲む色を面に現しつつ、正直にしかも剛情に云った。・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ これは、放言でもなく、壮語でもなく、かざりのない真情である。ほんとうによくわたくしを解し、わたくしを知っていた人ならば、またこの真情を察してくれるにちがいない。堺利彦は、「非常のこととは感じないで、なんだか自然の成り行きのように思われ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 是れ放言でもなく、壮語でもなく、飾りなき真情である、真個に能く私を解し、私を知って居た人ならば、亦た此の真情を察してくれるに違いない、堺利彦は「非常のこととは感じないで、何だか自然の成行のように思われる」と言って来た、小泉三申は「幸徳・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・私みたいな、不徳の者が、兵隊さんの原稿を持ち込みするということに、唐突の思いをなされるかも知れませんが、けれども人間の真情はまた、おのずから別のもので、私だって、」と書きかけて、つい、つまずいてしまうのだ。何が「私だって」だ。嘘も、いい加減・・・ 太宰治 「鴎」
・・・永野の葉書には、『太宰治氏を十年の友と安んじ居ること、真情吐露してお伝え下され度く』とあるから、原因が何であったかは知らぬが、益々交友の契を固くせられるよう、ぼくからも祈ります。永野喜美代ほどの異質、近頃沙漠の花ほどにもめずらしく、何卒、良・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 助七に、ぐんと背中を押され、青年は、よろめき、何かあたたかい人間の真情をその背中に感じ、そのままふらふら歩いて、一人で劇場の裏にまわっていった。生れてはじめて見る楽屋。 ☆ 高野さちよは、そのひとつきほ・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫