・・・ 二 睡蓮を作っている友人の話である。この花の茎は始めにはまっすぐに上向きに延びる。そうしてつぼみの頭が水面まで達すると茎が傾いてつぼみは再び水中に没する。そうして充分延び切ってから再び頭をもたげて水面に現われ、・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・舟は波に浮ぶ睡蓮の睡れる中に、音もせず乗り入りては乗り越して行く。蕚傾けて舟を通したるあとには、軽く曳く波足と共にしばらく揺れて花の姿は常の静さに帰る。押し分けられた葉の再び浮き上る表には、時ならぬ露が珠を走らす。 舟は杳然として何処と・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ そして、台の左右には、まるで掌に乗れそうな体のお爺さんが二人、真赤な地に金糸で刺繍をした着物を着、手には睡蓮の花を持って立っています。あたりには、龍涎香を千万箱も開けたような薫香に満ち、瑪瑙や猫眼石に敷きつめられた川原には、白銀の葦が・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫