・・・そして石橋の柱に藍染川とかかれていた。その橋から先はもう小川について行くことができなかった。空の雲を水の面にうつして流れている水は町へ入ったそのあたりから左右を石崖にたたまれ、その崖上の藪かげ、竹垣の下をどこへか行っていた。わたしたち子供は・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・文化現象としてよりもインフレーション現象としての出版問題の解決はむずかしく複雑であろう。石橋湛山は、編輯者としてインフレーション問題を扱えば、まさか聖書の文句を引用して幼児の如くあらずんば天国に入るを得ず、とあるから国民よ、幼児のごとく政府・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・インフレーションの悪化は防ぎようもなくて、先日のラジオで石橋蔵相が何といったでしょう。彼は聖書の文句を引用しました。「幼な児の如くならざれば天国に入るを得ず。」国民は幼な児のごとく政府を信頼して、三月危機を突破してくれといいました。 戦・・・ 宮本百合子 「今度の選挙と婦人」
・・・ 石橋湛山氏が大蔵大臣として、インフレーションの、恐しいこの時期に、ラジオ放送して、幼な児の如くならずんば天国に入るを得ず、というようなことをいったのは純潔と反対のことであった。大臣という立場は、全人民経済生活の具体的解決を責任としてい・・・ 宮本百合子 「社会生活の純潔性」
・・・仕方なく、度胸を据えて、長唄の石橋をかけた。祖母は、それとは知らず、掛声諸共鼓が鳴り出すと、きっちり両手を膝につっかい、丸まった背を引のばすようにして気張った。その姿は、滑稽でもあり、また気の毒至極であった。実際聴きわける耳もないのに謡と思・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・樟の若葉が丁度あざやかに市の山手一帯を包んで居る時候で、支那風の石橋を渡り、寂びた石段道を緑の裡へ登りつめてゆく心持。長崎独特の趣きがある。実際、長崎という市は、いつの時代にか到る処に賢く豊富な石材を利用したばかりで、すっかり風致に変化を生・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・柳の葉かげ、水際まで石段のついた支那風石橋がかかっている。橋上に立つと、薄い夕靄に柔められた光線の中に、両岸の緑と、次から次へ遠望される石橋の異国的な景色は、なかなか美しかった。 崇福寺は、黄檗宗の由緒ある寺だが、荒廃し、入口の処、白い・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 香以の他の友人二人の事は文淵堂主人が語った。石橋真国と柴田是真との事である。「石橋真国は語学に関する著述未刊のもの数百巻を遺した。今松井簡治さんの蔵儲に帰している。所謂やわらかものには『隠里の記』というのがある。これは岡場所の沿革を考・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・小屋の裏手の深い掘割の底を流れる水の音がした。石橋を渡る駄馬の蹄の音もした。そして、満腹の雀は弛んだ電線の上で、無用な囀りを続けながらも尚おいよいよ脹れて落ちついた。「姉さん、すまんな、今お医者さんとこへ行って来たんやわ。もう来てくれや・・・ 横光利一 「南北」
・・・椿貞雄氏の『石橋のある景色』や、片多徳郎氏の『郊外にて』や、山脇信徳氏の『浮木に空』などは、自然の前に拝跪する心持ちのほかに、何の想念をも現わそうとしたものであるまい。しかし『慈悲光礼讃』という言葉をあてはめるならば、これらの画の方にはるか・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫