・・・ だいたい今まで中学が少な過ぎたために、県で立てたのが二つ、その当時、衆議院議員選挙の猛烈な競争があったが、一人の立候補が、石炭色の巨万の金を投じて、ほとんどありとあらゆる村に中学を寄付したその数が五つ。 こんなわけで、今まで七人も・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・浚渫船のデッキには、石油缶の七輪から石炭の煙が、いきなり風に吹き飛ばされて、下の方の穴からペロペロ、赤い焔が舌なめずりをして、飯の炊かれるのを待っていた。 団扇のような胴船が、浚渫船の横っ腹へ、眠りこけていた。 私は両手で顎をつっか・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・―― 彼女は三池港で、船艙一杯に石炭を積んだ。行く先はマニラだった。 船長、機関長、を初めとして、水夫長、火夫長、から、便所掃除人、石炭運び、に至るまで、彼女はその最後の活動を試みるためには、外の船と同様にそれ等の役者を、必要とする・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。 ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるが・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・農夫長は石炭凾にこしかけて両手を火にあぶりながら今朝来た赤シャツにたずねました。「福島です。」「前はどこに居たね。」「六原に居りました。」「どうして向うをやめたんだい。」「一ぺん郷国へ帰りましてね、あすこも陰気でいやだか・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・汽缶車の石炭はまっ赤に燃えて、そのまえで火夫は足をふんばって、まっ黒に立っていました。 ところが客車の窓がみんなまっくらでした。するとじいさんがいきなり、「おや、電燈が消えてるな。こいつはしまった。けしからん。」と云いながらまるで兎・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・母性保護の見地から婦人労働者の入坑を禁じた鉱山労働へ、女は石炭に呼ばれ、再び逆戻りしかけている。幼年労働の無良心な利用も問題とされているのである。 婦人が性の本然として生殖の任務をもっているということと、女は家庭にあるべきものという旧来・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ウラル地方はこのスウェルドロフスキーを中心として、СССРの大切な石炭生産地、農業用トラクター生産地だ。一九三〇年、アメリカのキャピタリストがウラルという名をきいて連想するのは、もう熊狩ではない。 灰色を帯びた柔かい水色の空。旧市街はそ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 小使部屋を抜けて、石炭殼を敷いた細い細い処を通っても行けたし、教室の方からならば、厠の傍の二枚の硝子戸を開けてもそこに出られた。一方の隅の処は、嶮しい石崖になっていて、晴れた日には遠く指ケ谷の方が目の下に眺められる。杉か何かの生垣で、・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・西の方へ、道普請に使う石炭屑が段々少くなって、天然の砂の現れて来る町を、西鍛冶屋町のはずれまで歩く。しまいには紫川の東の川口で、旭町という遊廓の裏手になっている、お台場の址が涼むには一番好いと極めて、材木の積んであるのに腰を掛けて、夕凪の蒸・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫