・・・我々信徒の礼拝するのは正面の祭壇にある『生命の樹』です。『生命の樹』にはごらんのとおり、金と緑との果がなっています。あの金の果を『善の果』と言い、あの緑の果を『悪の果』と言います。……」 僕はこういう説明のうちにもう退屈を感じ出しました・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 麻利耶観音と称するのは、切支丹宗門禁制時代の天主教徒が、屡聖母麻利耶の代りに礼拝した、多くは白磁の観音像である。が、今田代君が見せてくれたのは、その麻利耶観音の中でも、博物館の陳列室や世間普通の蒐収家のキャビネットにあるようなものでは・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・にも、暴力は常に必要なのかも知れない。或は又必要ではないのかも知れない。 「人間らしさ」 わたしは不幸にも「人間らしさ」に礼拝する勇気は持っていない。いや、屡「人間らしさ」に軽蔑を感ずることは事実である。しかし又常に「人・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ただ彼の知っているのはこの舎衛国の波斯匿王さえ如来の前には臣下のように礼拝すると言うことだけである。あるいはまた名高い給孤独長者も祇園精舎を造るために祇陀童子の園苑を買った時には黄金を地に布いたと言うことだけである。尼提はこう言う如来の前に・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・それから二人とも十字を切り、はるかに洞穴を礼拝する。 3 この大きい樟の木の梢。尻っ尾の長い猿が一匹、或枝の上に坐ったまま、じっと遠い海を見守っている。海の上には帆前船が一艘。帆前船はこちらへ進んで来るらしい。 ・・・ 芥川竜之介 「誘惑」
・・・ ○ クララは父母や妹たちより少しおくれて、朝の礼拝に聖ルフィノ寺院に出かけて行った。在家の生活の最後の日だと思うと、さすがに名残が惜しまれて、彼女は心を凝らして化粧をした。「クララの光りの髪」とアッシジで歌われ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ あわれ、覚悟の前ながら、最早や神仏を礼拝し得べき立花ではないのである。 さて心がら鬼のごとき目をみひらくと、余り強く面を圧していた、ためであろう、襖一重の座敷で、二人ばかりの女中と言葉を交わす夫人の声が、遠く聞えて、遥に且つ幽に、・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ちょいと内証で、人に知らせないように遣る、この早業は、しかしながら、礼拝と、愛撫と、謙譲と、しかも自恃をかね、色を沈静にし、目を清澄にして、胸に、一種深き人格を秘したる、珠玉を偲ばせる表顕であった。 こういううちにも、舞台――舞台は二階・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・御隠居様、御機嫌よう、と乗合わせた近まわりの人らしいのが、お婆さんも、娘も、どこかの商人らしいのも、三人まで、小さな荷ですが一つ一つ手伝いましてね、なかなかどうして礼拝されます。が、この人たちの前、ちと三島で下りるのが擽ったかったらしい。い・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・――この人は、静御前の人形を、うつくしい人を礼拝します。私は女に生れました、ほこりと果報を、この人によって享けましょう。――この人は、死んだ鯉の醜い死骸を拾いました。……私は弱い身体の行倒れになった肉を、この人に拾われたいと存じます。画・・・ 泉鏡花 「山吹」
出典:青空文庫