・・・ 社交 あらゆる社交はおのずから虚偽を必要とするものである。もし寸毫の虚偽をも加えず、我我の友人知己に対する我我の本心を吐露するとすれば、古えの管鮑の交りと雖も破綻を生ぜずにはいなかったであろう。管鮑の交りは少時問わず、・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 父も若い時はその社交界の習慣に従ってずいぶん大酒家であった。しかしいつごろからか禁酒同様になって、わずかに薬代わりの晩酌をするくらいに止まった。酒に酔った時の父は非常におもしろく、無邪気になって、まるで年寄った子供のようであった。その・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・たりから持ってきたものであれば、頗る下等な理窟臭い事でも、直ぐにどうのこうのと騒ぐのである、修養を待ず直ぐ出来るような事は何によらず浅薄なものに極って居る、吾邦唯一の美習として世界に誇るべき立派な遊技社交的にも家庭的にも随意に応用の出来る此・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 何しろ社交上の礼儀も何も弁えない駈出しの書生ッぽで、ドンナ名士でも突然訪問して面会出来るものと思い、また訪問者には面会するのが当然で、謝絶するナゾとは以ての外の無礼と考えていたから、何の用かと訊かれてムッとした。「何の用事もありま・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ が、沼南の応対は普通の社交家の上ッ滑りのした如才なさと違って如何にも真率に打解けて対手を育服さした。いつもニコニコ笑顔を作って僅か二、三回の面識者をさえ百年の友であるかのように遇するから大抵なものはコロリと参って知遇を得たかのように感・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 社交的応酬は余り上手でなかったが、慇懃謙遜な言葉に誠意が滔れて人を心服さした。弁舌は下手でも上手でもなかったが話術に長じていて、何でもない世間咄をも面白く味わせた。殊に小説の梗概でも語らせると、多少の身振声色を交えて人物を眼前に躍出さ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・当時の欧化熱の急先鋒たる公伊藤、侯井上はその頃マダ壮齢の男盛りだったから、啻だ国家のための政策ばかりでもなくて、男女の因襲の垣を撤した欧俗社交がテンと面白くて堪らなかったのだろう。搗てて加えて渠らは貴族という条、マダ出来立ての成上りであった・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・再び汝を召さん、とある、而して今時の説教師、其新神学者高等批評家、其政治的監督牧師伝道師等に無き者は方伯等を懼れしむるに足るの来らんとする審判に就ての説教である、彼等は忠君を説く、愛国を説く、社交を説く、慈善を説く、廓清を説く、人類・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・柔道を習いに宮枝は通った。社交ダンスよりも一石二鳥。初段、黒帯をしめ、もう殺される心配のない夜の道をガニ股で歩き、誰か手ごめにしてくれないかしら。スリルはあった。 ある夜、寂しい道。もしもし。男だ。一緒に歩きませんか。ええ。胸がドキドキ・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・小さい盃の中の酒を、一息にぐいと飲みほしても、周囲の人たちが眼を見はったもので、まして独酌で二三杯、ぐいぐいつづけて飲みほそうものなら、まずこれはヤケクソの酒乱と見なされ、社交界から追放の憂目に遭ったものである。 あんな小さい盃で二、三・・・ 太宰治 「酒の追憶」
出典:青空文庫