荒漠たる原野――殊に白雪におおわれて無声の呪われた様な高原に次第次第に迫って来る夜はまことに恐ろしいほど厳然とした態度をもって居る。 灰色と白色との合するところに細く立木が並んで居るほか植物は影さえもなく町に通わなけれ・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
・・・前の庭の彼方を区切って居る低い堤には外側の方がひどく白くなり立木の皆がそうである。雨戸はことにそれがはげしく北の雨戸は随分あつくかたまって、戸袋に入れるのに女中は雪を箒ではらい落したほどだけれ共、南側のはほんの少しほかついて居ない。 長・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・本殿から社務所のようなところへ架けた渡殿の下だけ雪がなく、黒土があらわれ、立木の間から、彼方に広い眺望のあることが感じられた。 藍子は人っ子一人いない雪の中に佇んで暫くあちこち見ていたが、渡殿とは反対の方角に歩き出した。やがて、見晴し亭・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 無言の二人は釘抜で釘を挟んだように腕を攫んだまま、もがく男を道傍の立木の蔭へ、引き摩って往った。 九郎右衛門は強烈な火を節光板で遮ったような声で云った。「己はおとどしの暮お主に討たれた山本三右衛門の弟九郎右衛門だ。国所と名前を言っ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・三郎は寝鳥を取ることが好きで邸のうちの木立ち木立ちを、手に弓矢を持って見廻るのである。 二人は父母のことを言うたびに、どうしようか、こうしようかと、逢いたさのあまりに、あらゆる手立てを話し合って、夢のような相談をもする。きょうは姉がこう・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫