・・・も見え、人の往来も繁く人家も多くなっているが、その時分は隅田川沿いの寺島や隅田の村でさえさほどに賑やかではなくて、長閑な別荘地的の光景を存していたのだから、まして中川沿い、しかも平井橋から上の、奥戸、立石なんどというあたりは、まことに閑寂な・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・詩人はそこの立石のわきに腰をおろして汗をぬぐいながらいつの間にか、初夏の装をした村の様子を見まわしました。女達の着物はみんな薄色になって川辺には小供達がボートをうかべています。いつも行く森はまっくろいほどにしげってその中に美の女神の居る様な・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・多分庭の真ん中の立石の傍にある大きい松の木の雪が落ちたのだろう。お松は覚えず一寸立ち留まった。 この時突然お松の立っている処と、上がり口との中途あたりで、「お松さん、待って頂戴、一しょに行くから」と叫ぶように云った女中がある。 そう・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫