・・・不治の病を負ったレオパルディさえ、時には蒼ざめた薔薇の花に寂しい頬笑みを浮べている。…… 追記 不道徳とは過度の異名である。 仏陀 悉達多は王城を忍び出た後六年の間苦行した。六年の間苦行した所以は勿論王城の生活の豪奢・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・いずれも宣教師の哄笑の意味をはっきり理解した頬笑みである。「お嬢さん。あなたは好い日にお生まれなさいましたね。きょうはこの上もないお誕生日です。世界中のお祝いするお誕生日です。あなたは今に、――あなたの大人になった時にはですね、あなたは・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・クララの父母は僧正の言葉をフォルテブラッチョ家との縁談と取ったのだろう、笑みかまけながら挨拶の辞儀をした。 やがて百人の処女の喉から華々しい頌歌が起った。シオンの山の凱歌を千年の後に反響さすような熱と喜びのこもった女声高音が内陣から堂内・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ふと王子のお顔をあおいで見ますと王子はやさしいにこやかな笑みを浮かべてオパールというとうとい石のひとみで燕をながめておいでになりました。燕はふと身をすりよせて、「今私をおよびになったのはあなたでございますか」 と聞いてみますと王子は・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 三 こんな年していうことの、世帯じみたも暮向き、塩焼く煙も一列に、おなじ霞の藁屋同士と、女房は打微笑み、「どうも、三ちゃん、感心に所帯じみたことをおいいだねえ。」 奴は心づいて笑い出し、「ははは、所・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・落人のそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさえ、我名を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、その都度、ハッと隠れ忍んで、微笑み微笑み通ると思え。 深張の涼傘の影ながら、なお面影は透き、色香は仄めく……心地すれば、誰憚・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 時に片頬笑みさえ、口許に莞爾ともしない艶なのが、露店を守って一人居た。 縦通から横通りへ、電車の交叉点を、その町尽れの方へ下ると、人も店も、灯の影も薄く歯の抜けたような、間々を冷い風が渡る癖に、店を一ツ一ツ一重ながら、茫と渦を巻い・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・と少しく笑みを含みて問いぬ。 女は軽くうけて、「たいそうおみごとでございました」「いや、おみごとばかりじゃあない、おまえはあれを見てなんと思った」 女は老人の顔を見たり。「なんですか」「さぞ、うらやましかったろうの」・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・省作は玉から連想して、おとよさんの事を思い出し、穏やかな顔に、にこりと笑みを動かした。「あるある、一人ある。おとよさんが一人ある」 省作はこうひとり言にいって、竜の髭の玉を三つ四つ手に採った。手のひらに載せてみて、しみじみとその美し・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 色青ざめた母の顔にもいつしか僕等を真から可愛がる笑みが湛えて居る。やがて、「民やはあのまた薬を持ってきて、それから縫掛けの袷を今日中に仕上げてしまいなさい……。政は立った次手に花を剪って仏壇へ捧げて下さい。菊はまだ咲かないか、そん・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
出典:青空文庫