・・・そういう消息を知っている僕は、君たちさえ笑止に思う以上、呆れ返らざるを得ないじゃないか?「若槻は僕にこういうんだ。何、あの女と別れるくらいは、別に何とも思ってはいません。が、わたしは出来る限り、あの女の教育に尽して来ました。どうか何事に・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・御前などが御聞きになりましたら、さぞ笑止な事と思召しましょうが、何分今は昔の御話で、その頃はかような悪戯を致しますものが、とかくどこにもあり勝ちでございました。「さてあくる日、第一にこの建札を見つけましたのは、毎朝興福寺の如来様を拝みに・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・それを十分に考えてみることなしに、みずから指導者、啓発者、煽動家、頭領をもって任ずる人々は多少笑止な立場に身を置かねばなるまい。第四階級は他階級からの憐憫、同情、好意を返却し始めた。かかる態度を拒否するのも促進するのも一に繋って第四階級自身・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・薄ぎたなくよごれた顔に充血させて、口を食いしばって、倚りかかるように前扉に凭たれている様子が彼には笑止に見えた。彼は始めのうちは軽い好奇心にそそられてそれを眺めていた。 扉の後には牛乳の瓶がしこたましまってあって、抜きさしのできる三段の・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ミリヤアドは笑止がり、「それでも、私は血を咯きました、上杉さんの飲ませたもの、白い水です。」「いいえ、いいえ、血じゃありませんよ。あなた血を咯いたんだと思って心配していらっしゃいますけれど血だもんですか。神経ですよ。あれはね、あなた・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・緑雨は笑止しがって私に話したが、とうとう『おぼえ帳』の一節となった。 上田博士が帰朝してから大学は俄に純文学を振って『帝国文学』を発刊したり近松研究会を創めたりした。緑雨は竹馬の友の万年博士を初め若い文学士や学生などと頻りに交際していた・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 自分の事を言うのは笑止しいが、私は児供の時から余りアンビションというものがなかった。この点からいうとよほど馬鹿だった。それ故大学を卒業して学士になろうなどという考は微塵もなく、学士というものがどれほどエライものであるか何かそんな事は一・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・うぞいのそれでも名だけは清姫さん ほんとにおかしじゃないかいナ土間に坐った見物の御重の間につややかなながしめくれてまいのふり泣く筈のとこまちがって妙なしなして笑い出すほんに笑止じゃないかいナつまたててソッ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・と目引き袖ひきするのもあるのを上からのぞく御月さま、「ても笑止な」と思うで有ろう。数多の女達の中であざみの中の撫子かそれよりもまだ立ちまさって美しく見えて居る紫の君は扇で深くかおをかくして居ながらもその美くしさをしのばする、うなじの白さ・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・予はただ笑止に思うに過ぎぬ。予はただここに一いっしゅの香を拈ってこれを弔するに過ぎぬ。予にしてもし彼の偽の幸福のために、別方面の種々の事業の阻礙をさえ忘るるものであったなら、予は我分身と与に情死したであろう。そうして今の読者に語るものは幽霊・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫