・・・阿蘭陀人を背教者の故をもってか、ずいぶん憎がっているような素振りも見えるので、阿蘭陀人をして直接シロオテと対談させることもならず、奉行たちはたいへん困った。ひとりの奉行は、一策として、法廷のうしろの障子の蔭にふとった阿蘭陀人をひそませて置い・・・ 太宰治 「地球図」
・・・言葉が役に立たぬとすれば、お互いの素振り、表情を読み取るよりほかにない。しっぽの動きなどは、重大である。けれども、この、しっぽの動きも、注意して見ているとなかなかに複雑で、容易に読みきれるものではない。私は、ほとんど絶望した。そうして、はな・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ずいぶん大袈裟な永い思案の素振りであった。ふと顔をあげて、「十円あげよう。」ほとんど怒っているような口調で、「君は、ばかだ。僕は、ずいぶん、あなたを高く愛して来た。あなたは、それを知らない。僕には、あなたの、ちょっとした足音にもびくつい・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・そして、妙な素振りをする深谷の来る前に眠っちまおうと決心した。「でなけりゃ、とてもやり切れない」 と思った。だが、そう思えば思うほど、なおさら寝つかれなかった。部屋が、そして寄宿舎全体が淋し過ぎた。おまけに、なんだか底の知れない泥沼・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・訊かれた学生は互に一寸顔を見合わせるような素振りをし、「僕たちの方には来ていません」と低い声で答えた。「――本国であんなごたごたしているのに、金、なじょにするだべ」 ききなれたそれは福島辺の訛なので、私はぼんやりした好意をそ・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
・・・ 一幕目で、朋輩の饒舌に仲間入りもせず、裏からお絹の舞台を一心に見ているところ、お絹が病気になってから、芝居の端にも、心は病床の主人にひかれている素振りが見え、真情に迫った。 ただ、一幕目で、お絹が舞台で倒れて担がれて来た時、無目的・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ 私は途方にくれて、きっと気が急に違ったに相違ない叔父の素振りをおずおずながめて居たが到頭堪え切れなくなって、「帰りましょうよ、 ね叔父ちゃん、 帰りましょうってば。とせがみ出した。 必死の力を出して骨の出た・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 再び、満鉄傭員のカーキ色帽が私のところから見えるようになったのだが、その若い男の口のきき方や素振りは、何かその男が幸福ではないという感じを私に与えるのであった。満鉄へつとめているというのに旅行案内一冊その男は持っていず、娘の子をつれた・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・と、女中は、待たれると云う様な素振りをして居る。 二三日の間は、家内の片づけにせわしないと見えてバタバタと朝早くからその奥さんも働いて居たが、あらまし目鼻がつくと、小さい子供を膝に乗せて、投げ座りのまんま舟を漕いで居る様子などが・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・だが、フロレンスの両親はやがてこの才色兼備のわが娘の素振りに、少しずつ疑問を抱きはじめた。 世間では親も娘もそれを唯一の目的として心を砕いている婿選びに興味をもつ素振りもないし、社交界に出たばかりの娘たちを有頂天にさせる華美な遊楽や交際・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
出典:青空文庫