・・・万事は君が社と交渉していたのじゃないか……それをどこまでも白ばくれて、作家風々とか言って、万事はお他人任せといった顔して……それほどならばなぜ最初から素直に友人に打明けて、会のことを頼まないのか? 君はいつもいつも友人を出汁に使って、君とい・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・といって、素直にそれを思いとどめました。 十八日、浮腫はいよいよひどく、悪寒がたびたび見舞います。そして其の息苦しさは益々目立って来ました。この日から酸素吸入をさせました。そして、彼が度々「何か利尿剤を呑む必要がありましょう、民間薬でも・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 義母などの信心から、天理教様に拝んでもらえと言われると、素直に拝んでもらっている。それは指の傷だったが、そのため評判の琴も弾かないでいた。 学校の植物の標本を造っている。用事に町へ行ったついでなどに、雑草をたくさん風呂敷へ入れて帰・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・Oは嘘の云えない素直な男で彼の云うことはこちらも素直に信じられます。そのことはあまり素直ではない私にとって少くとも嬉しいことです。 そして話はその娯楽場の驢馬の話になりました。それは子供を乗せて柵を回る驢馬で、よく馴れていて、子供が乗る・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・大森はまた煙草を取って、「それもそうだ、あの先生、りこうでいてばかだから、あまりこっちで騒ぐとすぐ高く止まって、素直に承知することもわざとぐずりたがるからね。」「それでいてこっちで少し大きく出るとまたすぐおこるのだ。始末にいけない。・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・彼は、心でそのいかめしさに反撥しながら、知らず/\素直におど/\した返事をした。「そのまゝこっちへ来い。」 下顎骨の長い、獰猛に見える伍長が突っ立ったまゝ云った。 彼は、何故、そっちへ行かねばならないか、訊ねかえそうとした。しか・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・というよりほかはない、吉は素直にカシを抜いて、漕ぎ出しながら、 「あっしの樗蒲一がコケだったんです」と自語的に言って、チョイと片手で自分の頭を打つ真似をして笑った。「ハハハ」「ハハハ」と軽い笑で、双方とも役者が悪くないから味な幕切を見せ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・といって残り惜しそうに餌を見た彼の素直な、そして賢い態度と分別は、少からず予を感動させた。よしんば餌入れがなくて餌を保てぬにしても、差当り使うだけ使って、そこらに捨てて終いそうなものである。それが少年らしい当然な態度でありそうなものであ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・が彼の通ってゆく途中の一軒一軒が、彼を素直な気持で入らせなかった。結局、彼は行きつけの本屋に寄って、電話を借り、Sにかけた。交換手がひっこんで、相手が出る、その短かい間、龍介は「いてくれれば」という気持と「かえっていないでくれれば極りがつく・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ 自分は素直に立って、独りで玄関へ下りたが、何だか張合が抜けたようでしばらくぼんやりと敷居に立っている。 と、「兄さん」と藤さんが出てくる。「あそこに水天宮さまが見えてるでしょう。あそこの浜辺に綺麗な貝殻がたくさんありますか・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫