・・・ということは素質に属する。天才は常人よりももっと深く、高く、鋭く問い得る人間である。常人が問わずしてみすごすことを天才は問い得るのである、林檎はなぜ地に落ちるか? これはかつてニュートンが問うまで常人のものではなかった。姦淫したる女を石にて・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・が、その素質によって、短い時間のうちに速かに完成してゆく者と、完成までには、長い時間を要し、さまざまな紆余曲折を経て行く者とがあるだろう。あるいは、いつまでも完成せずに終るたちもあるだろう。あっていい筈である。 短い期間のうちに珠玉のよ・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・ しかも、前にいったごとくに、こうした天稟・素質をうけ、こうした境界・運命に遇いうる者は、今の社会にはまことに千百人中の一人で、他はみな、不自然な夭死を甘受するのほかはない。よしんば偶然にしてその寿命のみをたもちえても、健康と精神力とが・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 而も前に言えるが如く、斯かる天稟・素質を享け、斯かる境界・運命に遇い得る者は、今の社会には洵とに千百人中の一人で、他は皆不自然の夭死を甘受するの外はない、縦令偶然にして其寿命のみを保ち得ても、健康と精力とが之に伴わないで、永く窮困・憂・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・その素質に於いては稀に見る詩人であり、思想家であった、北村君の惜む可き一生は斯うして終った。 北村君は明治元年に小田原で生れた人だ。阿父さんは小田原の士族であった。まだ小さな時分に、両親は北村君を祖父母の手に託して置いて、東京に出た。北・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・此の雑誌を出してからは、僕は自分の所謂素質というものに、とても不安を感じて来た。他人の悪口も言えなくなったし……。こんな意気地のない狡猾な奴になったのが、やたらに淋しく思われもするのだ。事毎にいい子に成りたがるからいけないのだ。編輯上にも色・・・ 太宰治 「喝采」
・・・私にも、人のよい、たわいない一面があって、まさかトマスほどの徹底した頑固者でもないようだけれども、でも、うっかりすると、としとってから妙な因業爺になりかねない素質は少しあるらしいのである。私は山岸さんの判定を、素直に全部信じる事が出来なかっ・・・ 太宰治 「散華」
・・・「君には悪魔の素質があるから、普通の悪には驚かないのさ。」先輩は平気な顔をして言った。「大悪漢から見れば、この世の人たちは、みんな甘くて弱虫だろうよ。」 私は再び暗憺たる気持ちになった。これは、いけない。「馬鹿」で救われて、いい気に・・・ 太宰治 「誰」
・・・形態的には蜂の子やまた蚕とも、それほどひどくちがって特別に先験的に憎むべく、いやしむべき素質を具備しているわけではないのである。それどころか、かれらが人間から軽侮される生活そのものが、実は人間にとって意外な祝福をもたらす所以になるのである。・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・督と呼ばるる第一人者たちは、いずれも皆群を抜いた優秀な頭脳の所有者であって、もしも運命の回り合わせが彼らを他の本職に導いたとしたら、おそらく、彼らはそれぞれの方面でやはり第一人者でありうるだけの基礎的素質を備えているのではないかという気がす・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫