・・・ 小さい根下りの丸髷に結って、帯をいつもひっかけにしめているおゆきは、その家で縫物をしていた。おゆきが針箱やたち板を出しかけている部屋のそとに濡れ縁があって、ちょいとした空地に盆栽棚がつくられていた。西日のさしこむ軒に竹すだれがかかり、・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ 丁度、朝十一時頃から午後三時頃まで、日当りの心持よい公園の広場を通ると、私共はよく、ときの声を挙げて悦び遊んでいる子供等の一群と、傍のベンチで、本を読み、編物、小さい縫物、又は不便そうに身を屈めて手紙まで書きながら付添っている保姆、母・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 身持ちの弟嫁が縫物から丸顔をあげてすぐ答えた。「源ちゃん、何で行ったの?」「バスは通ってるんですって」 その縁先の庭で、もう落ちはじめた青桐の葉っぱを大きな音を立てて掃きよせていたシャツ姿の家の者が、「電車も、たまです・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・プロレタリア文学運動を何処かでゆがめていわゆる自己批判したものや、反対的立場から観察したようなものが多くて、熱心に、理性的な発展的文学の方向をさぐっていた人々は、まるで屑糸の中から使える糸をぬき出して縫物をするように、銘々の生長をおしてきて・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・を作ったり草履を作ったり、女は出来るものは縫物だのはたを織ったりする。折々田や畑に見える人影は、たまあに自分の持地を見まわる人の影で、往還でさわいで居るものは犬と子供と鶏だけと云うほどになる。 猫などは十一月に入ると大方は家に引込みがち・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ この前後から、子供らは、私が見ていたように、そして手伝ったように、自分で洗濯をし、縫物をし、台所で夕飯のおかずをこしらえるために立ち働いている母を見ることが全く無いようになった。 母は父との間に九人の子を持った。そのうち六人を死な・・・ 宮本百合子 「母」
・・・と云ったが、りよは縫物の手を停めない。「ふん」と云って、叔父は良久しく女姪の顔を見ていた。そしてこう云った。「そいつは駄目だ。お前のような可哀らしい女の子を連れて、どこまで往くか分からん旅が出来るものか。敵にはどこで出逢うか、何年立って・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・下女は壁一重隔てた隣の部屋で縫物をしている。宮沢が欠をする。下女が欠を噬み殺す。そういう風で大分の間過ぎたのだそうだ。そのうちある晩風雪になって、雨戸の外では風の音がひゅうひゅうとして、庭に植えてある竹がおりおり箒で掃くように戸を摩る。十時・・・ 森鴎外 「独身」
・・・ツァウォツキイが来た時、ユリアは平屋の窓の傍で縫物をしていた。窓の枠の上には赤い草花が二鉢置いてある。背後には小さい帷が垂れてある。 ツァウォツキイはすぐに女房を見附けた。それから戸口の戸を叩いた。 戸が開いて、閾の上に小さい娘が出・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・これらの娘たちは、伯母の所へ茶や縫物や生花を習いに来ている町の娘たちで二三十人もいた。二階の大きな部屋に並んだ針箱が、どれも朱色の塗で、鳥のように擡げたそれらの頭に針がぶつぶつ刺さっているのが気味悪かった。 生花の日は花や実をつけた灌木・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫