・・・ 群がり集まって来た子供たちは遠巻きにその一人の子供を取り巻いた。すべての子供の顔には子供に特有な無遠慮な残酷な表情が現われた。そしてややしばらく互いに何か言い交していたが、その中の一人が、「わーるいな、わるいな」 とさも人の非・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・それは、地平線の隅々からすべての烏が集って来たかと思われる程、無数に群がり、夕立雲のように空を蔽わぬばかりだった。 烏はやがて、空から地平をめがけて、騒々しくとびおりて行った。そして、雪の中を執念くかきさがしていた。 その群は、昨日・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 三 山の麓のさびれた高い鐘楼と教会堂の下に麓から谷間へかけて、五六十戸ばかりの家が所々群がり、また時には、二三戸だけとびはなれて散在していた。これがユフカ村だった。村が静かに、平和に息づいていた。 兵士達は・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 坑夫は洞窟の周囲に、だにのように群がりついて作業をつゞけた。妊娠三カ月になる肩で息をしている女房や、ハッパをかけるとき、ほかの者よりも二分間もさきに逃げ出さないと逃げきれない脚の悪い老人が、皆と一緒に働いていた。そこにいる者は、脚の趾・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・私は何かこう目に見えないものが群がり起こって来るような心持ちで、本棚がわりに自分の蔵書のしまってある四畳半の押入れをもあけて見た。いよいよこの家を去ろうと心をきめてからは、押入れの中なぞも、まるで物置きのようになっていた。世界を家とする巡礼・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ その群がりかさなってたおれた人の一ばん下になっていたために、からくもたすかって息をふきかえし、上部の人がすっかり黒やけになったのち、やっともぐり出たという人が二、三十人ばかりあります。そんな人たちの話をきくと、まるで身の毛もよだつよう・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・同時に、その評論をめぐって、そこに猟犬のように群がりたかって、わたしを噛みやぶり泥の中へころがすことで、プロレタリア文学運動そのものを泥にまびらす役割をはたした人々の動きかた――政治性も、くっきりと描きだすことができる。それは、かみかかった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 彼の最も深い苦悩と歓喜は此の時に一番群がり湧いて居たのであろう。 若し彼が言葉を持って居たらさぞ動かさずには置かない事々を物語ったで有ろうけれ共彼は只祈る事丈を知って居た。 実際彼はそのころ祈祷の明暮れを送って居たのである。・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・バルザックは社会的現実を再現し、而もそれを金銭、利害の根源との相互関係において芸術に表現するためには、実に声をあげて群がり来る無数の印象を掻きわけ、観念ととり組みつつ、全く「自然が真裸になって、その真髄を示すのやむなきに至るまで、根気よく持・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・いつのまにか薄穢ない老人と子供とが岸べに群がり立った。やがて、体のよい若者のそろった舟が最初に突き進んで来る。磯波は烈しく押し戻す。綱が投げられる。若者が波の間へ飛び込んで行く。舟は木の葉のようにもまれている。若者は舟の傍木へ肩を掛ける。陸・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫