・・・しかし彼を翻弄した上流人の生活詐術、十九世紀の金力と結びつき権力と結びついた新聞人の無良心的な関係、手形交換に際して行われる金融の魔術――アングレークにおけるプティクローがリュシアンに対してとる態度――を描くときバルザックは殆ど淋漓たる筆力・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・女性の性そのものの自然さ、高貴ささえこのように方便によって翻弄されるとき私たち婦人の胸にはほとばしる熱い思いがある。純潔な怒りが燃えるのである。母性はゆたかに、愛らしい子供たちは地にみちて、しかもそれを育て上げられる社会の条件、施設をこそ、・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・この柵草紙の盛時が、即ち鴎外という名の、毀誉褒貶の旋風に翻弄せられて、予に実に副わざる偽の幸福を贈り、予に学界官途の不信任を与えた時である。その頃露伴が予に謂うには、君は好んで人と議論を闘わして、ほとんど百戦百勝という有様であるが、善く泅ぐ・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・美しい目は軽侮、憐憫、嘲罵、翻弄と云うような、あらゆる感情を湛えて、異様に赫いている。 私は覚えず猪口を持った手を引っ込めた。私の自尊心が余り甚だしく傷けられたので、私の手は殆ど反射的にこの女の持った徳利を避けたのである。「あら。ど・・・ 森鴎外 「余興」
・・・と、こう梶は不精に答えてみたものの、何ものにか、巧みに転がされころころ翻弄されているのも同様だった。「今日お伺いしたのは、一度御馳走したいのですよ。一緒にこれから行ってくれませんか。自動車を渋谷の駅に待たせてあるのです。」と、栖方は云っ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫