・・・幸い踏切りの柵の側に、荷をつけた自転車を止めているのは知り合いの肉屋の小僧だった。保吉は巻煙草を持った手に、後ろから小僧の肩を叩いた。「おい、どうしたんだい?」「轢かれたんです。今の上りに轢かれたんです。」 小僧は早口にこう云っ・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・箱車はちょっと眺めた所、肉屋の車に近いものだった。が、側へ寄って見ると、横に広いあと口に東京胞衣会社と書いたものだった。僕は後から声をかけた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのに穢い気もしたのに違いなかった。しかし力を出・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
一 むかし、アメリカの或小さな町に、人のいい、はたらきものの肉屋がいました。冬の半の或寒い朝のことでした。外は、ひどい風が雨を横なぐりにふきつけて、びゅうびゅうあれつづけています。人々は、こうもりのえに・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ 鶴の姉は、三鷹の小さい肉屋に嫁いでいる。あそこの家の二階が二間。 鶴はその日、森ちゃんを吉祥寺駅まで送って、森ちゃんには高円寺行きの切符を、自分は三鷹行きの切符を買い、プラットフオムの混雑にまぎれて、そっと森ちゃんの手を握ってから・・・ 太宰治 「犯人」
・・・ マクス・ベーアはサンフランシスコ居住のユダヤ系の肉屋だそうである。この「ユダヤ種」であることと「肉屋」であることに深い意味があるような気がする。 六万の観客中には、シネマ俳優としてのベーアの才能と彼のいろいろなセンチメンタル・アド・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・家主がマルクス一家のシーツからハンカチーフ迄差押え、子供のおもちゃから着物まで差押えたときくと、あわてた薬屋、パン屋、肉屋、牛乳屋が勘定書を持って押かけて来た。その支払いのためには残らずのベッドが売られなければならなかった。二三百人もの彌次・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・あちらでは、日曜日は一般に全くの休日で、八百屋から肉屋、文房具屋まで店を閉じてしまいます。それ故、日曜日、次の月曜に入用なものは勿論、買いものは出来る丈この日に纏め、下町の、それぞれで名を売っているよい店で買おうとするのです。 経済思想・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫