・・・お絹は二人に会釈をしながら、手早くコオトを脱ぎ捨てると、がっかりしたように横坐りになった。その間に神山は、彼女の手から受け取った果物の籠をそこへ残して、気忙しそうに茶の間を出て行った。果物の籠には青林檎やバナナが綺麗につやつやと並んでいた。・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・まずこいつをとっちめて、――と云う権幕でしたから、新蔵はずいと上りざまに、夏外套を脱ぎ捨てると、思わず止めようとしたお敏の手へ、麦藁帽子を残したなり、昂然と次の間へ通りました。が、可哀そうなのは後に残ったお敏で、これは境の襖の襖側にぴったり・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・土下座せんばかりの母親の挨拶などに対しても、父は監督に対すると同時に厳格な態度を見せて、やおら靴を脱ぎ捨てると、自分の設計で建て上げた座敷にとおって、洋服のままきちんと囲炉裡の横座にすわった。そして眼鏡をはずす間もなく、両手を顔にあてて、下・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ その子供は驚いて、さっそく帯を解いて着物を脱ぎ捨てると、「僕が、はちを殺してやる。」といって、うまいお菓子の袋を取りあげて逃げていった。子供は泣いて家へ帰った。 村の人々はみんな、この乞食の子をにくんだ。どうかして追いはらう工・・・ 小川未明 「つばめと乞食の子」
・・・陽気な性格の者ははじめからそういう素質を持っているものだ、ただ自分などあの頃は陰欝な殻を被っていたのでその素質がかくされていたのに過ぎない、つまりはその殻を脱ぎ捨てる切っ掛けを掴んだというだけの話、けれどその切っ掛けを掴むということが一見容・・・ 織田作之助 「道」
・・・すぽり、すぽりと足を突込んで、そのまますぐに出発できる。脱ぎ捨てる時も、ズボンのポケットに両手をつっこんだままで、軽く虚空を蹴ると、すぽりと抜ける。水溜りでも泥路でも、平気で濶歩できる。重宝なものである。なぜそれをはいて歩いては、いけないの・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ この世の覊絆と濁穢を脱ぎ捨てるという心持ちもいくぶんあるかと思われる。また一方では捨てようとして捨て切れない現世への未練の糸の端をこれらの遺物につなぎ留めるような心持ちもあるかもしれない。 なるべく新聞に出るような死に方を選ぶ人の・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・蚕や蛇が外皮を脱ぎ捨てるのに相当するほど目立った外見上の変化はないにしても、もっと内部の器官や系統に行われている変化がやはり一種の律動的弛張をしないという証拠はよもやあるまいと思われる。 そのような律動のある相が人間肉体の生理的危機であ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
出典:青空文庫