・・・ボロ切れと、脱脂綿に包まれた子供は、軟かく、細い、黒い髪がはえて、無気味につめたくなっていた。全然、泣きも、叫びもしなかった。「これですっかり、うるさいくびきからのがれちゃった。」 トシエは悲しむかと思いの外、晴々とした顔をしていた・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 頭の地にすっかりオレーフル油を指ですりつけて、脱脂綿で、母がしずかに拭くと、細い毛について、黄色の松やにの様なものがいくらでも出て来る。 小半時間もかかって、やっと、しゃぼんで洗いとると今までとは見違える様に奇麗になって、赤ちゃけ・・・ 宮本百合子 「一日」
・・・枕元に、脱脂綿でこしらえた膿とりの棒が散乱し、元看護卒だった若者が二人、改った顔つきで坐っている。 今野は唸っている。唸りながら時々充血して痛そうな眼玉をドロリと動かしては、上眼をつかい、何かさがすようにしている。自分は、廊下の外から枕・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・チリ紙、シャボン、マッチ、脱脂綿、ノート一冊からはじまる学用品のあれこれ、みんななくてはならない「ほしいもの」である。丸公でこれらは買えない。都留副長官が恐縮のいたりとして認めている。わたしたちは、キツネの襟巻がほしいだの、五千円のおもちゃ・・・ 宮本百合子 「ほうき一本」
出典:青空文庫