・・・ そして、自分が無一文になるよりは腹立たしいが今あるものを手離さず! そういうのがバルザックの考えかたの道筋なのであった。 私達はここで一つの意味ふかい手紙の数行を思い起すのである。一九三三年一月に蔵原惟人が獄中から或る友人に宛てて書い・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・と梶は云い捨てているが、梶のヨーロッパの現実についての理解力は、日本の現実についての理解と同然、腹立たしい迄に貧弱、且つ誤りに満ちている。 自国の文化を十分に理解していないものがどうして他国の文化を理解することが出来よう。梶は、そのこと・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・而も、こうやって、制し難くこみあげて来る苛立たしいような、腹立たしいような、泣くに泣かれずむかつく激情は何だろう。 私は、彼の上に泣き倒れられない自分を腹の底から憎む。その自己嫌悪を追いつめてゆくと、恐ろしいことだが、彼にも深い憎しみを・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・にがしさを、若い世代としての情熱ではじきかえさず、そこの間に横たわる矛盾こそがいかに大きく深い力で今日の娘たちを引おろしているものであるかも知らず、何かリアリストのようにいい切っている姿は、何と憫然で腹立たしいだろう。若いころの恋愛なら、と・・・ 宮本百合子 「若い婦人の著書二つ」
・・・殊にそのため部下の諸将と争わなければならなかったこの夜の会議の終局を思うと、彼は腹立たしい淋しさの中で次第にルイザが不快に重苦しくなって来た。そうして、彼の胸底からは古いジョセフィヌの愛がちらちらと光を上げた。彼はこの夜、そのまま皇后ルイザ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・小川町の交叉点で――たしかそこで別れたように思うが――木下は腹立たしい心持ちを言葉に響かせてこう言った。 ――結局僕が Genumensch で、君がそうでない、ということに帰着するんだな。 この Genumenschという言葉を、・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫