・・・の三君は三君なりにいずれも性格を異にすれども、江戸っ児たる風采と江戸っ児たる気質とは略一途に出ずるものの如し。就中後天的にも江戸っ児の称を曠うせざるものを我久保田万太郎君と為す。少くとも「のて」の臭味を帯びず、「まち」の特色に富みたるものを・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・僕はいつか西廂記を読み、土口気泥臭味の語に出合った時に忽ち僕の母の顔を、――痩せ細った横顔を思い出した。 こう云う僕は僕の母に全然面倒を見て貰ったことはない。何でも一度僕の養母とわざわざ二階へ挨拶に行ったら、いきなり頭を長煙管で打たれた・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・はいって見れば臭味もそれほどでなく、ちょうど頃合の温かさで、しばらくつかっているとうっとりして頭が空になる。おとよさんの事もちょっと忘れる。雨が少し強くなってきたのか、椎の葉に雨の音が聞こえてしずくの落つるが闇に響いて寂しい。座敷の方の話し・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・彼等のうちにも多少の党派別があり、それ/″\の主張があるのではあろうが、私なんぞから見ると、彼等は悉く東京のインテリゲンチャ臭味に統一されている。彼等の関心は、東京の文化と、東京を通じて輸入される外来思想とのみに存して、自分たちの故郷の天地・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・研究会で、理論闘争をやるほどのものではないにしろ、なお、その臭味がある。そこで、百姓は、十分その意味を了解することが出来ない。「吾々、無産階級は……」と云う。既に、それが、一寸難解である。「我々貧乏人は……」と云う。それでも分らないこと・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・しかしユダヤ人というものの概念のはなはだ希薄な日本人には、おそらくこの映画の本来のねらいどころは感ぜられないであろうし、あるいはかえってそのおかげで日本人にはいやみや臭味を感ずることなしにこの映画のいいところだけを享楽することができるかもし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・たまたま紹介されると、それは新聞の三面記事のようなジャーナリズムの臭味の強烈なものであって、紹介された学者を赤面させるようなものである。 これと同じような傾向が日本の科学教育全般に行きわたっているのではないかと疑う。日本人が科学的頭脳に・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・もちろんこの辺の名所にはすべて厭な臭味がついているようで、それ以上見たいとは思わなかったし、妻や子供たちの病後も気にかかっていたので、帰りが急がれてはいたが……。 で、わたしは気忙しい思いで、朝早く停留所へ行った。 その日も桂三郎は・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 森さんはまたお茶人で、東京の富豪や、京都の宗匠なぞに交遊があったけれど、高等学校も出ているので、宗匠らしい臭味は少しもなかった。 鴈治郎の一座と、幸四郎の組合せであるその芝居は、だいぶ前から町の評判になっていた。廓ではことにもその・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・同時にいくら糊細工の臭味が少くても、すべての点において存在を認むるに足らぬ事実や実際の人間を書くのは、同等の程度において駄目である。花袋君も御同感だろうと思う。 小生は小説を作る男である。そうしてところどころで悪口を云われる男である。自・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
出典:青空文庫