・・・ 扇風機の前で胸をひろげていたマダムの想出も、雨戸の隙間から吹き込む師走の風に首をすくめながらでは、色気も悩ましさもなく、古い写真のように色あせていた。踊子の太った足も、場末の閑散な冬のレヴュ小屋で見れば、赤く寒肌立って、かえって見てい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ひとの羨むような美女でも、もし彼女がウェーブかセットを掛けた直後、なまなましい色気が端正な髪や生え際から漂っている時は、私はよしんば少しくらい惚れていても、顔を見るのもいやな気がする。私は今では十五分も女が待てない。女とそれきり会えないと判・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・とに私が床を延べていますと、お俊が飛んで参りまして、『どうせ私じゃお気に入りませんよ』と言いざま布団を引ったくって自分でどんどん敷き『サア、旦那様お休みなさい、オー世話の焼ける亭主だ』と言いながら色気のある眼元でじっと私を見上げましたこ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 村は、色気も艶気もなくなってしまった。 そして、村で、メリンスの花模様が歩くのは「伊三郎」のトシエか、「徳右衛門」のいしえか、町へ出ずにすむ、田地持ちの娘に相場がきまってしまった。 村は、そういう状態になっていた。 メリヤ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・しかるにまた大多数の人はそれでは律義過ぎて面白くないから、コケが東西南北の水転にあたるように、雪舟くさいものにも眼を遣れば応挙くさいものにも手を出す、歌麿がかったものにも色気を出す、大雅堂や竹田ばたけにも鍬を入れたがる、運が好ければ韓幹の馬・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「ハハハ、厭だによってか、ソレそれがもういけねえ、ハハハ詰らねえ色気を出したもんだ。「イヤ居れば居るだけ笑われる、明日来てみよう、行かれたら一緒に行きなさい。と立帰り行くを見送って、「おえねえ頓痴奇だ、坊主ッ返りの田舎漢の癖・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・そうしたら弟の言草は、「この婆サも、まだこれで色気がある」と。あまり憎い口を弟がきくから、「あるぞい――うん、ある、ある」そう言っておげんは皆に別れを告げて来た。待っても、待っても、旦那はあれから帰って来なかった。国の方で留守居するおげんが・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ところでどうです、このとしになっても、やはり、色気はあるでしょう、いや、冗談でなく、私はいつか誰かに聞いてみたいと思っていた事なのです。まさか、私は、このとおり頭が禿げて、子供が四人もあって、手の皮なんかもこんなに厚くなって、ひびだらけでさ・・・ 太宰治 「嘘」
・・・つまり、中畑さんには少しも色気が無くて、三十歳ちかくなってもお嫁さんをもらおうとしないのを、からかって「草木」などと呼んでいたものらしい。とうとう、私の父が世話して、私の家と遠縁の佳いお嬢さんをもらってあげた。中畑さんは、間もなく独立して呉・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・どこのカフェにも、色気に乏しい慾気ばかりの中年の女給がひとりばかりいるものであるが、私はそのような女給にだけ言葉をかけてやった。おもにその日の天候や物価について話し合った。私は、神も気づかぬ素早さで、呑みほした酒瓶の数を勘定するのが上手であ・・・ 太宰治 「逆行」
出典:青空文庫