・・・ひっそりした昼の湯槽には若い衆が二人入っていました。私がその中に混ってやや温まった頃その装置がビビビビビビと働きはじめました。「おい動力来たね」と一人の若い衆が云いました。「動力じゃねえよ」ともう一人が答えました。 湯を出た私は・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・それを見物に行く町の若い衆達のうちには不思議な嗜被虐性変態趣味をもった仲間が交じっていたようである。というのは、昔からの国の習俗で、この日の神聖な早乙女に近よってからかったりする者は彼女達の包囲を受けて頭から着物から泥を塗られ浴びせられても・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・刈り株ばかりの冬田の中を紅もめんやうこんもめんで頬かぶりをした若い衆が酒の勢いで縦横に駆け回るのはなかなか威勢がいい、近辺のスパルタ人種の子供らはめいめいに小さな凧を揚げてそれを大凧の尾にからみつかせ、その断片を掠奪しようと争うのである。大・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・以前奉公して居た頃も稀には若い衆に跟いて夜遊びに出ることもあった。彼も他人のするように手拭かぶって跟いて行った。帰る時にはぽさぽさとして独であった。若い衆はみんな自分の女を見つけると彼を棄ててそこらの藪や林へこそこそと隠れて畢う。太十はどの・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・「拙が一返古榎になった事がありやす、ところへ源兵衛村の作蔵と云う若い衆が首を縊りに来やした……」「何だい狸が何か云ってるのか」「どうもそうらしいね」「それじゃ狸のこせえた本じゃねえか――人を馬鹿にしやがる――それから?」・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ と魚やの若い衆に罵倒される程倹約な暮しをしていたそうだ。裏にジャガ薯畑があって、そこからとれるジャガ薯ばっかりおかずにしていたと、笑って話したことがある。 はじめて父が外国留学をしていた時代の若い母の思い出や、それから後私が十七八にな・・・ 宮本百合子 「母」
・・・「どうしたね、若い衆、道でもないところから来てよ!」 するとマクシムはアクリーナの前に跪いて云った。「アクリーナ・イワーノウナ。俺達を助けて下さい。俺達は結婚したいんだ」 ワルワーラはと見れば、自分の手にある籠の夷苺のように・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・「どうしたね、若い衆、道でもねえところから来てよ!」 祖母さんのアクリーナがきくと、マクシムはひざまずいて云った。「俺達は結婚したいんだ。」りんごの樹のかげにかくれて、ワルワーラはのいちごのように体じゅうを真赤にして、何か合図して、・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・代を譲った倅が店を三越まがいにするのに不平である老舗の隠居もあれば、横町の師匠の所へ友達が清元の稽古に往くのを憤慨している若い衆もある。それ等の人々は脂粉の気が立ち籠めている桟敷の間にはさまって、秋水の出演を待つのだそうである。その中へ毎晩・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫