・・・第一中隊のシードロフという未だ生若い兵が此方の戦線へ紛込でいるから如何してだろう?と忙しい中で閃と其様な事を疑って見たものだ。スルト其奴が矢庭にペタリ尻餠を搗いて、狼狽た眼を円くして、ウッとおれの面を看た其口から血が滴々々……いや眼に見える・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そしてそうした大きな鯉の場合は、家から出てきた髪をハイカラに結った若い細君の手で、掬い網のまま天秤にかけられて、すぐまた池の中へ放される。 私たちは池の手前岸にしゃがんで、そうした光景を眺めながら、会話を続けた。「いったい君は、今度・・・ 葛西善蔵 「遁走」
ある秋仏蘭西から来た年若い洋琴家がその国の伝統的な技巧で豊富な数の楽曲を冬にかけて演奏して行ったことがあった。そのなかには独逸の古典的な曲目もあったが、これまで噂ばかりで稀にしか聴けなかった多くの仏蘭西系統の作品が齎らされ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・ * * * * 若い者のにわかに消えてなくなる、このごろはその幾人というを知らず大概は軍夫と定まりおれば、吉次もその一人ぞと怪しむ者なく三角餅の茶店のうわさ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・彼らの若い胸には偉大にして、深刻なる思想は訪ずれないのであろうか。時代が憂鬱ならば時代を転換せんとの意欲は起こらないのか。社会革新の情熱や、民族的使命の自覚はどこにおき忘れたのであろう。反逆の意志さえなきにまさるのである。永遠の恋、死に打ち・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・曹長にしては、年の若い男だった。話し振りから、低級な立身出世を夢みていることがすぐ分った。彼は、何だ、こんな男か、と思った。 二人が話している傍へ、通訳が、顔の平べったい、眉尻の下っている一人の鮮人をつれて這入って来た。阿片の臭いが鼻に・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・わたしも若い時分には時々そういうおぼえがあったが。ナーニ必ず中るとばかりでも無いものだよ。今度の仏像は御首をしくじるなんと予感して大にショゲていても、何のあやまちも無く仕上って、かえって褒められたことなんぞもありました。そう気にすることも無・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ お君が首になったというので、メリヤス工場の若い職工たちは寄々協議をしていた。お君の夫がこの工場から抜かれて行ってから、工場主は恐いものがいなくなったので、勝手なことを職工達に押しつけようとしていた。首切り、それはもはやお君一人のことで・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・年若い時分には私も子供なぞはどうでもいいと考えた。かえって手足まといだぐらいに考えたこともあった。知る人もすくない遠い異郷の旅なぞをしてみ、帰国後は子供のそばに暮らしてみ、次第に子供の世界に親しむようになってみると、以前に足手まといのように・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ただ老人よりはみな若い。どれもどれも変に顴骨が出張っていて、目がひどく大きくなっている。その顔の様子はどこか老人に似ているのである。老人はやはり懐疑者らしく逆せたような独言に耽っている。「馬鹿らしい。なんだって己はこの人達の跡にくっついて歩・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫