・・・と同時に近くへ落雷があったのでしょう。天が裂けたような一声の霹靂と共に紫の火花が眼の前へ散乱すると、新蔵は恋人と友人とに抱かれたまま、昏々として気を失ってしまいました。 それから何日か経った後の事です。新蔵はやっと長い悪夢に似た昏睡状態・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 然るに『罪と罰』を読んだ時、あたかも曠野に落雷に会うて眼眩めき耳聾いたる如き、今までにかつて覚えない甚深の感動を与えられた。こういう厳粛な敬虔な感動はただ芸術だけでは決して与えられるものでないから、作者の包蔵する信念が直ちに私の肺腑の・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・そうしてその恐ろしさは単に落雷が危険であるからという功利的な理由からよりも、むしろ超自然的な威力が空一面に暴れ廻っているように感じられるためであった。中学校、高等学校で電気の学問を教わっても、この子供の頭に滲み込んだ恐ろしさはそう容易くは抜・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・それで今度のような事件はむしろあるいは落雷の災害などと比較されてもいいようなきわめて稀有な偶然のなすわざで、たまたまこの気まぐれな偶然のいたずらの犠牲になった生徒たちの不幸はもちろんであるが、その責任を負わされる先生も土地の人も誠に珍しい災・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・暴風にテントを飛ばされたり、落雷のために負傷したり、そのほか、山くずれ、洪水などのために一度や二度死生の境に出入しない測量部員は少ないそうである。それにもかかわらず技術官で生命をおとした人はほとんどないというのは畢竟多年の経験による周到な準・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・雷の音が次第に急になって最後にドシーンと落雷したときに運拙くその廻送中の品を手に持っていた人が「罰」を受けて何かさせられるのである。 パリに滞在中下宿の人達がある夜集まって遊んでいたとき「ノーフラージュ」をやろうと云い出したものがあった・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ 雷電の熱効果、器械的効果を述べる中に、酒壺に落雷すると酒は蒸発してしまって壺は無事だというような例があげてある。これなどは普通の気象学書には見えないことであるが、事実はどうだか私にはわからない。 雷電の火の種子が一部は太陽から借り・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・巨人の椎を下すや四たび、四たび目に巨人の足は、血を含む泥を蹴て、木枯の天狗の杉を倒すが如く、薊の花のゆらぐ中に、落雷も耻じよとばかりどうと横たわる。横たわりて起きぬ間を、疾くも縫えるわが短刀の光を見よ。吾ながら又なき手柄なり。……」ブラヴォ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
大雷雨 大雷雨の空が夕焼のように赤らんでいるのを大変不思議に思いながら寝て、けさ新聞を見たら、落雷で丸之内の官衙が九つ灰燼に帰した出来ごとを知った。愛する東京よ、東京よ。何と自然の力の下に素朴な姿を横・・・ 宮本百合子 「女性週評」
出典:青空文庫