・・・ただもし、虚心に、正当な光のもとに読んでもらいさえすれば、これらの空想の中には、それらの専門家にとっても、いくらかの意義と興味のある暗示を含んでいるであろうという希望をもって、ここにこのつたない叙説の筆をおくことにする。・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・この時はたから二人の様子を虚心に観察したら、重吉のほうが自分よりはるかに無邪気に見えたに違いない。自分は黙っていた。彼は白足袋に角帯で単衣の下から鼠色の羽二重を掛けた襦袢の襟を出していた。「今日はだいぶしゃれてるじゃないか」「昨夕も・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・その時虚心平気に考えて見ると、始めて日本画の短所と西洋画の長所とを知る事が出来た。とうとう為山君や不折君に降参した。その後は西洋画を排斥する人に逢うと癇癪に障るので大に議論を始める。終には昔為山君から教えられた通り、日本画の横顔と西洋画の横・・・ 正岡子規 「画」
・・・を取扱う場合も、男はそれを彼の生活の一部として虚心に口にし、芸術化し得るのに対し、女性はそれをより以上に敏覚する素質を与えられていながら、彼女がその原始時代から伝統的に培われてきた道徳性は、この問題を直ぐに善悪の批判の上に結び付けたがります・・・ 宮本百合子 「女流作家として私は何を求むるか」
・・・恐ろしいことではないか、自分の此から書こうとする黄銅時代は、更に甦り、強められた自責の念と、謙譲な虚心とによって書かれなければならないのだ。 四月二十八日 今日、福井の方から転送されて来た国男の手紙を見る。 仮令感傷的だと云・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ 一九〇〇年にはいってからこんにちまでの世界史を虚心にしらべてみたとき、わたしたちは、人間関係の進歩が科学の進歩と全く歩調をあわせなかったといい得るだろうか。バンチ博士は博大な彼のヒューマニズムと偏見の拒否にかかわらず、現代の世界に、科・・・ 宮本百合子 「「人間関係方面の成果」」
・・・これに反して自分が最も我の少ない虚心な態度で交わっている人には、本当の自分が最も明らかに活らき掛けていた。 自分はすべての人と妥協した平和な状態を望んでいるのではない。個性は最高の権威を持ち、争闘は人性の根本に横たわっている。しかし人々・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫