・・・幸いと風を後にしているから、臭気は前方へ持って行こうというもの。 全然力が脱けて了った。太陽は手や顔へ照付ける。何か被りたくも被る物はなし。責て早く夜になとなれ。こうだによってと、これで二晩目かな。 などと思う事が次第に糾れて、それ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・で今度もまた、昨年の十月ごろ日光の山中で彼女に流産を強いた、というようにでも書き続けて行こうとも思って、夕方近くなって机に向ったのだったが、年暮れに未知の人からよこされた手紙のことが、竦然とした感じでふと思いだされて、自分はペンを措いて鬱ぎ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・自分が何度誘ってもそこへ行こうとは言わなかったことや、それから自分が執こく紙と鉛筆で崖路の地図を書いて教えたことや、その男の頑なに拒んでいる態度にもかかわらず、彼にも自分と同じような欲望があるにちがいないとなぜか固く信じたことや――そんなこ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・おれは奥村さんのところへでも逃げて行こうか。これ、後楯がついていると思って、大分強いなと煙管にちょっと背中を突きて、ははははと独り悦に入る。 光代は向き直りて、父様はなぜそう奥村さんを御贔負になさるの。と不平らしく顔を見る。なぜとはどう・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・んなら早い話がお絹さんお常さんどちらでもよい、吉さんのところへ押しかけるとしたらどんな者だろう』と、神主の忰の若旦那と言わるるだけに無遠慮なる言い草、お絹は何と聞きしか『そんならわたしが押しかけて行こうか、吉さんいけないかね。』『ア・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ ガンジーの母は、ガンジーがロンドンに勉強しに行こうとするとき、インドの母らしい敬虔な心から、わが子がヨーロッパの悪風に染むことを恐れてなかなか許そうとしなかった。決してそんなことのない誓いをさせてやっと許した。 源信僧都の母は、僧・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 丘のそこかしこ、それから、丘のふもとの草原が延びて行こうとしているあたり、そこらへんに、露西亜人の家が点々として散在していた。革命を恐れて、本国から逃げて来た者もあった。前々から、西伯利亜に土着している者もあった。 彼等はいずれも・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・薄い平めな土坡の上に、雄の方は高く首を昂げてい、雌はその雄に向って寄って行こうとするところです。無論小さく、写生風に、鋳膚で十二分に味を見せて、そして、思いきり伸ばした頸を、伸ばしきった姿の見ゆるように随分細く」と話すのを、こっちも芸術・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・だから、プロレタリアの解放のために仕事をやって行こうとするお前たちのことが分るのだが、何んだか自分の楽しい未来のもくろみが、そのためにガタ/\と崩されて行くのを見ていることが出来ないのだよ。こんな気持をもっているから、警察ではお前の母は一番・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・是から君が東京迄も行こうというのに、そんな方法で旅が出来るものか。だからさ、それを僕が君に忠告してやる。何か為て、働いて、それから頼むという気を起したらば奈何かね。」「はい。」と、男は額に手を宛てた。「こんなことを言ったら、妙な人だ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
出典:青空文庫