・・・退屈きわまる裁縫室の外には、ひろい廊下と木造ながらどっしりしたその廊下の柱列が並んでそういう柱列は、表側の上級生の教室のそとにもあった。日がよく当って、砂利まで日向の香いがするような冬のひる休み時間、五年生たちがその柱列のある廊下の下に多勢・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・左には、充分光線の流れ込まない、埃っぽく暗い裁縫店の大飾窓。板硝子の上の枠に、ボウルドフェイスの金文字で、YAMAZAKIと読めた。 西角は、ひどく塵のたかった銀行の鉄窓と、建築にとりかかったばかりの有名な時計屋の板囲いとに、占められて・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 僅かながら年々絶えず出版されていたのは家事・家政・料理・育児・裁縫・手芸などの本で、それにしろ程度から云うと大体は補習書めいたものが多い。 これらの状態を、ひとめでわかる統計図にして、今日の日本の若い女性たちが眺めたら、彼女たちは・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・ 辻馬車が、国営衣服裁縫所製のココア色レイン・コートを幾枚も束にして膝へ抱え込んでいる若者をのせてやって来た。まいたように人の姿が黒く広場の反対のはずれに現れ、いそがしそうに各方面に散らばった。広場の上ではひとりでに大きい星形を描いて通・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・巴里へ出てからは十九歳の裁縫女として十二時間労働をし、そのひどい生活からやがて眼を悪くして後、彼女は自家で生計のための仕立ものをしながらその屋根裏の小部屋の抽斗の中にかくして、「ただ自分一人のために」小説をかきだした。それが「孤児マリイ」で・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・二十歳前後でベルリンにいた頃は、ある裁縫をする小娘といきさつがあって、一緒に住んでいたバクウニンを大分煙ったく思った経験があるらしい。 ヴィアルドオ夫人と知ってから後もロシアに住んでいた五〇年代の初め三年間ばかり、ツルゲーネフは非常な美・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・ 今もいった通り、異様に森閑とした波止場町から、曲って、今度は支那人の裁縫店など目につく横丁を俥は走っている。私は、晴やかな希望をもって頻りにその町のつき当り、小高い樹木の繁みに注目していた。外でもない。我等のジャパン・ホテルは確にそこ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 子が無くて夫に別れてから、裁縫をして一人で暮している女なので、外の医者は妊娠に気が附かなかったのである。 この女の家の門口に懸かっている「御仕立物」とお家流で書いた看板の下を潜って、若い小学教員が一人度々出入をしていたということが・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ 或る日九郎右衛門は烟草を飲みながら、りよの裁縫するのを見ていたが、不審らしい顔をして、烟管を下に置いた。「なんだい。そんなちっぽけな物を拵えたって、しようがないじゃないか。若殿はのっぽでお出になるからなあ」 りよは顔を赤くした。「・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・それから起きて、夜なかに裁縫などをすることがある。そんな時は、そばに母の寝ていぬのに気がついて、最初に四歳になる初五郎が目をさます。次いで六歳になるとくが目をさます。女房は子供に呼ばれて床にはいって、子供が安心して寝つくと、また大きく目をあ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫