・・・たが、同博士がいろいろシナの書物を渉猟された結果によると釁るという文字は犠牲の血をもって祭典を挙行するという意味に使われた場合が多いようであるが、しかしとにかく、一書には鐘を鋳た後に羊の血をもってその裂罅に塗るという意味に使われているそうで・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・ 岩石に関してはまだ皺襞や裂罅の週期性が重要な問題になるが、これはまた岩石に限らず広く一般に固体の変形に関する多種多様な問題と連関して来るのである。 弾性体の皺襞については従来「弾性的不安定」の問題として理論的にもかなりたびたび取り・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・とあるのは、熔岩流の末端の裂罅から内部の灼熱部が隠見する状況の記述にふさわしい。「身一つに頭八つ尾八つあり」は熔岩流が山の谷や沢を求めて合流あるいは分流するさまを暗示する。「またその身に蘿また檜榲生い」というのは熔岩流の表面の峨々たる起伏の・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・紅海は大陸の裂罅だとしいて思ってみても、眼前の大自然の美しさは増しても減りはしなかった。しかしそう思って連山をながめた時に「地球の大きさ」というものがおぼろげながら実認されるような気がした。四月二十八日 朝六時にスエズに着く。港の片・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ とうとう薄い鋼の空に、ピチリと裂罅がはいって、まっ二つに開き、その裂け目から、あやしい長い腕がたくさんぶら下って、烏を握んで空の天井の向う側へ持って行こうとします。烏の義勇艦隊はもう総掛りです。みんな急いで黒い股引をはいて一生けん命宙・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・節理なら多面節理、これを節理と云うわけにはいかない。裂罅だ。やっぱり裂け目でいいんだ。壺穴のいいのがなくて困るな。少し細長いけれどもこれで説明しようか。elongatedpot-hole〔ここがどうしてこう掘れるかわかりますか。石ころ、礫が・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・教会は粗末な漆喰造りで、ところどころ裂罅割れていました。多分はデビスさんの自分の家だったのでしょうが、ずいぶん大きいことは大きかったのです。旗や電燈が、ひのきの枝ややどり木などと、上手に取り合せられて装飾され、まだ七八人の人が、せっせと明後・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫