・・・暫し想いを凝らせると、あの髪を角髪に結んだ若い美しい婦人が裳裾を引きながら、目の前を通るように覚えるのでした。 こうして、何処を顧みても、私達の野心を刺戟する何物もない「奈良」の天地は、古代芸術の香りを慕・・・ 宮本百合子 「「奈良」に遊びて」
・・・さてイイダ姫の舞うさまいかにと、芝居にて贔屓の俳優みるここちしてうち護りたるに、胸にそうびの自然花を梢のままに着けたるほかに、飾りというべきもの一つもあらぬ水色ぎぬの裳裾、せまき間をくぐりながらたわまぬ輪を画きて、金剛石の露こぼるるあだし貴・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・すると、突然、緋の緞帳の裾から、桃色のルイザが、吹きつけた花のように転がり出した。裳裾が宙空で花開いた。緞帳は鎮まった。ルイザは引き裂かれた寝衣の切れ口から露わな肩を出して倒れていた。彼女は暫く床の上から起き上ろうとしなかった。掻き乱された・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫