・・・木の葉落ちつくせば、数十里の方域にわたる林が一時に裸体になって、蒼ずんだ冬の空が高くこの上に垂れ、武蔵野一面が一種の沈静に入る。空気がいちだん澄みわたる。遠い物音が鮮かに聞こえる。自分は十月二十六日の記に、林の奥に座して四顧し、傾聴し、睇視・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・「どうするッてどうもなりゃあしねえ、裸体になって寝ているばかりヨ。塵埃が積る時分にゃあ掘出し気のある半可通が、時代のついてるところが有り難えなんてえんで買って行くか知れねえ、ハハハ。白丁奴軽くなったナ。「ほんとに人を馬鹿にしてるね。・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ と落ちついた口調で言い、ズボンのポケットに両手をつっ込み、ぶらぶら私のほうへ歩み寄って来た。裸体の右肩に、桜の花弁が一つ、へばりついている。「あぶないんだ。この川は。泳いじゃ、いけない。」私は、やはり同じ言葉を、けれども前よりはず・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・アグリパイナは折しも朝の入浴中なりしを、その死の確報に接し、ものも言わずに浴場から躍り出て、濡れた裸体に白布一枚をまとい、息ひきとった婿君の部屋のまえを素通りして、風の如く駈け込んでいった部屋は、ネロの部屋であった。三歳のネロをひしと抱きし・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ 海岸に戯れる裸体の男女と、いろいろな動物の一対との交錯的羅列的な編集があるが、すべてが概念的の羅列であって、感じの連続はかなりちぐはぐであり、従って、自分のいわゆる俳諧的編集の場合に起こるような愉快な感じは起こらない。人間も動物も同じ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・アルキメーデスが裸体で風呂桶から飛び出したのも有名な話である。 それで芸術家が神来的に得た感想を表わすために使用する色彩や筆触や和声や旋律や脚色や事件は言わば芸術家の論理解析のようなものであって、科学者の直感的に得た黙示を確立するための・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・修養されたる感覚の快楽を知らざる原始的健全なる某帝国の社会においては、婦人の裸体画を以て直に国民の風俗を壊乱するものと認めた。南阿弗利加の黒奴は獣の如く口を開いて哄笑する事を知っているが、声もなく言葉にも出さぬ美しい微笑によって、いうにいわ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・西、両国、東、小柳と呼ぶ呼出し奴から行司までを皆一人で勤め、それから西東の相撲の手を代り代りに使い分け、果は真裸体のままでズドンと土の上に転る。しかしこれは間もなく警察から裸体になる事を禁じられて、それなり縁日には来なくなったらしい。・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・現今西洋でも日本でもやかましく騒いでいる裸体画などと云うものは全くこの局部の理想を生涯の目的として苦心しているのであります。技術としてはむずかしいかも知れぬが文芸家の理想としては、ほんの一部分に過ぎんのであります。人によると裸体画さえかけば・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・何でもない裸体画の美人だ。「ハハー裸体画ですな、結構です」と冗談半分にいったら「へへへ私もちっとも構いませんがね」とコツコツ釘をうってかける。「どうですこれで角度は……もう少し下向に……裸体美人があなたの方を見下すように――よろしゅうござい・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫