・・・「雲とともに変わって行く海の色を褒めた人もある。海の上を行き来する雲を一日眺めているのもいいじゃないか。また僕は君が一度こんなことを言ったのを覚えているが、そういう空想を楽しむ気持も今の君にはないのかい。君は言った。わずか数浬の遠さに過・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・なかなかの才物だとしきりに誉め称やし、あの高ぶらぬところがどうも豪い。談話の面白さ。人接のよさと一々に感服したる末は、何として、綱雄などのなかなか及ぶところでないと独り語つ。光代は傍に聞いていたりしが、それでもあの綱雄さんは、もっと若くって・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・会で、中には伯爵家の令嬢なども見えていましたが夜の十時頃漸く散会になり僕はホテルから芝山内の少女の宅まで、月が佳いから歩るいて送ることにして母と三人ぶらぶらと行って来ると、途々母は口を極めて洋行夫婦を褒め頻と羨ましそうなことを言っていました・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ それに長屋中、皆な私を可愛がってくれまして、おとなしい方だよい方だ、珍しい堅人だと褒めてくれるのでございます。ですからお俊ばかりでなくお神さんたちが頼みもせぬ用を達してくれるのでございます。ところがおかしいのはお俊がこれを焼いて、何を・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ぞんざいというと非難するように聞えるが、そうではない、シネクネと身体にシナを付けて、語音に礼儀の潤いを持たせて、奥様らしく気取って挨拶するようなことはこの細君の大の不得手で、褒めて云えば真率なのである。それもその道理で、夫は今でこそ若崎先生・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・半井卜養という狂歌師の狂歌に、浦島が釣の竿とて呉竹の節はろくろく伸びず縮まず、というのがありまするが、呉竹の竿など余り感心出来ぬものですが、三十六節あったとかで大に節のことを褒めていまする、そんなようなものです。それで趣味が高じて来るという・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・月の間、一日として心に彼女を責めない日は無かった―― 三年振で別れた妻に逢って見た大塚さんは、この平素信じていたことを――そうだ、よく彼女に向って、誰某は女でもなかなかのシッカリものだなどと言って褒めて聞かせたことを、根から底から転倒さ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・それこそ、過分のお褒めであった。私と北さんとは、黙って顔を見合せ、そうして同じくらい嬉しそうに一緒に微笑した。素晴らしい旅行になりそうな気がして来た。 青森駅に着いたのは翌朝の八時頃だった。八月の中ごろであったのだが、かなり寒い。霧のよ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・誰も褒めない。自分を、ばかだと思った。いくつになっても、どうしてこんな、ばかな事ばかりするのだろう。私は、まだ、こんなむだな旅行など出来る身分では無いのだ。家の経済を思えば、一銭のむだ使いも出来ぬ筈であるのに、つい、ふとした心のはずみから、・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・殊に書物をも少しは読む尼君達さえ、立派だと云って褒めて、学問をしなかったのが惜しいと思っている。伯爵夫人になりたがっている令嬢にも、報告が気に入っている。 * * * この間ポルジイと・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫