・・・郷里以外の地で見聞きし、接触した人と人との関係や性格よりも、郷里で見るそれの方が、私には、より深い、細かい陰影までが会得されるような気がする。 が、それと共に、自然の風物もいまでは、痛く私の心を引く。絶対安静の病床で一カ月も米杉の板を張・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・時にはこれも畢竟妹夫婦があんまり意気地がないから親類までが馬鹿にするのだと独りで怒ってみて、どうでもなるがいいなどと棄鉢な事を考える事もあったがさて病人の頼み少ない有様を見聞き、妹がうら若い胸に大きな心配を抱いて途方にくれながらも一生懸命に・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・ やもりと荒物屋には何の縁もないが、何物かを呪うようなこの阪のやもりを行き通りに見、打ち続く荒物屋の不幸を見聞きするにつけて、恐ろしい空想が悪夢のように心を襲う。黒ずんだ血潮の色の幻の中に、病女の顔や、死んだ娘の顔や、十年昔のお房の顔が・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・何だか口をきくのも、此上何やかを見聞きするのも憶却になって来た。どこにでも横になってグッスリ眠りたくなった。「どれ、兎に角、帰ることにしようか、オイ、俺はもう帰るぜ」 私は、いつの間にか女の足下の方へ腰を、下していたことを忌々しく感・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・勿論、子供ですからいわゆる心境物なんてことはあり得ませんし、材料は自分が見聞きしたことを色々集めて、それを克明に書いただけのものでした。これが大正五年の『中央公論』で、引つづいてぽつぽつ外国へ行くまでに六つ位発表したと思います。どれもなかり・・・ 宮本百合子 「十年の思い出」
・・・と云われた一例として、私は自分の周囲に見聞きした事柄から綜合した観察を述べ、又、違った角度から見た事実を述べて見たいと思います。 我々が、種々な社会状態、生活現象を観察する場合、先ず予備知識として頭に入れて置かなければならないのはその社・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
中国という国へ、イギリスやアメリカの婦人宣教師が行って、そこで生活するようになってから、何十年の年月が経ったであろう。それらの婦人たちは、それぞれの歴史的な時期で中国の男女の生活を見聞きして、生活の交渉をもって来たわけであ・・・ 宮本百合子 「パァル・バックの作風その他」
・・・これらの生活の間でゴーリキイの見聞きしたものはどういうものだったでしょう。旧い野蛮なツァーのロシアで、民衆は才能も生活力もはけ口を封じられていて、わけの分らない残忍さ、ひどい破廉恥と乱行。さもなければ生きながら腐ってゆくような倦怠、怠惰、憂・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイについて」
・・・また、あなたが働いていられるところで見聞きするいろいろの出来事とか、友達に『働く婦人』を見せたら何と云ったとかいう一寸見ると小さいようなことでも、どんどん『働く婦人』に投書するようにして下さい。そして、段々長い通信も送れるようになり、『働く・・・ 宮本百合子 「「我らの誌上相談」」
出典:青空文庫