・・・ が、どうしても忘れられないのは、あの眼も覚めるような秋山図です。実際大癡の法燈を継いだ煙客翁の身になって見れば、何を捨ててもあれだけは、手に入れたいと思ったでしょう。のみならず翁は蒐集家です。しかし家蔵の墨妙の中でも、黄金二十鎰に換え・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・が、それよりも気になったのは目の醒める前に見た夢だった。わたしはこの部屋のまん中に立ち、片手に彼女を絞め殺そうとしていた。彼女はやや顔を仰向け、やはり何の表情もなしにだんだん目をつぶって行った。同時にまた彼女の乳房はまるまると綺麗にふくらん・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・目覚める木の実で、いや、小児が夢中になるのも道理でござります。」と感心した様子に源助は云うのであった。 青梅もまだ苦い頃、やがて、李でも色づかぬ中は、実際苺と聞けば、小蕪のように干乾びた青い葉を束ねて売る、黄色な実だ、と思っている、こう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・――目の覚めるようだと申しましても派手ではありません。婀娜な中に、何となく寂しさのございます、二十六七のお年ごろで、高等な円髷でおいででございました。――御容子のいい、背のすらりとした、見立ての申し分のない、しかし奥様と申すには、どこか媚め・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・が、暫らくして踊り草臥れて漸く目が覚めると、苦々しくもなり馬鹿々々しくもなった。かつこの猿芝居は畢竟するに条約改正のための外人に対する機嫌取であるのが誰にも看取されたので、かくの如きは国家を辱かしめ国威を傷つける自卑自屈であるという猛烈なる・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・自ら眼覚める。今の世の中の博愛とか、慈善とかいうものは、他人が生活に苦しみ、また境遇に苦しんでいる好い加減の処でそれを救い、好い加減の処でそれを棄てる。そして、終にこの人間に窮局まで達せしめぬ。私はこんな行為を愛ということは出来ぬ。本当の愛・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
目の醒めるような新緑が窓の外に迫って、そよ/\と風にふるえています。私は、それにじっと見入って考えました。なんという美しい色だ。大地から、ぬっと生えた木が、こうした緑色の若芽をふく、このことばかりは太古からの変りのない現象であって、人・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・ ふッと眼が覚めると、薄暗い空に星影が隠々と見える。はてな、これは天幕の内ではない、何で俺は此様な処へ出て来たのかと身動をしてみると、足の痛さは骨に応えるほど! 何さまこれは負傷したのに相違ないが、それにしても重傷か擦創かと、傷・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そんな吉田にはいつも南天の赤い実が眼の覚めるような刺戟で眼についた。また鏡で反射させた風景へ望遠鏡を持って行って、望遠鏡の効果があるものかどうかということを、吉田はだいぶんながい間寝床のなかで考えたりした。大丈夫だと吉田は思ったので、望遠鏡・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ わたしはこの頃夜中なにかに驚いたように眼が醒める。頭はおまえのことが気懸りなのだ。いくら考えまいとしても駄目です。わたしは何時間も眠れません。」 堯はそれを読んである考えに悽然とした。人びとの寝静まった夜を超えて、彼と彼の母が互い・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫