・・・二郎が深き悲しみは貴嬢がしきりに言い立てたもう理由のいかんによらで、貴嬢が心にたたえたまいし愛の泉の涸れし事実の故のみ。この事実は人知れず天が下にて行なわれし厳かなる事実なり。 いかなる言葉もてもこれを言い消すことあたわず、大空の星の隕・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・と、今まで泣伏していた間に考えていたものと見えて、心有りたけを澱みなく言立てた。真実はおもてに現われて、うそや飾りで無いことは、其の止途無い涙に知れ、そして此の紛れ込者を何様して捌こうか、と一生懸命真剣になって、男の顔を伺った。目鼻立の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・社会問題や政治問題に就いてどれだけ言い立てても、私たちの日々の暮しの憂鬱は解決されるものではないと思っていたのですが、しかし、私はあの日、青森で偶然、労働者のデモを見て、私の今までの考えは全部間違っていた事に気がつきました。 生々溌剌、・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・筆者は、やはり人間は、美しくて、皆に夢中で愛されたら、それに越した事は無いとも思っているのでございますが、でも、以上のように神妙に言い立てなければ、或いは初枝女史の御不興を蒙むるやも計り難いので、おっかな、びっくり、心にも無い悠遠な事どもの・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・初めおとなしく食事を取っていた子供は、何ゆえともわからない不満足のために、だんだん不機嫌になって、とうとうツマラない事を言い立ててぐずり出しました。こういう事になると子供は露骨に意地を張り通します。もちろん私は子供のわがままを何でも押えよう・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫