・・・これを記述するのも面白い。しかし同じように泣くのは御免蒙りたい。だからある男が泣く様を文章にかいた時にたとい読者が泣いてくれんでも失敗したとは思わない。むやみに泣かせるなどは幼稚だと思う。 それでは人間に同情がない作物を称して写生文家の・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・ありのままの本当をありのままに書く正直という美徳があればそれが自然と芸術的になり、その芸術的の筆がまた自然善い感化を人に与えるのは前段の分解的記述によってもう御会得になった事と思います。自然主義に道義の分子があるという事はあまり人の口にしな・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・それでも、まだ素朴な感傷でだけ結果的にそれにふれている尾崎氏よりは山本氏の記述の方が事件の背後の錯綜にふれ得ているのである。 作家が社会化し、大人になるということは単に踏む土と聞く音が変り、異常事の只中に在るというだけでは尽されない。そ・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・アイルランド生れの物理学者であったジョン・チンダルは地質学者ではなかったが、数十年をへた今日でも、このアルプスを愛し氷河に興味をもった物理学者の観察の記述は精細さで比類すくないものとされている。面白さ、科学性と人間性の清潔な美しさにおいても・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・などと文化史的な興味深い記述の最後に「八重子『鳩公の話』といふ小説をよこす。出来よろし。虚子に送附」と書かれている。 ホトトギスに、その小説は掲載されたのであったでしょう。発信というところに、八重子とあるから、そういう点では責任をはっき・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・あの記述によって大統領選挙予測で、その調査所の権威を失墜させたのは今回のギャラップ博士の米国世論調査所その他の例ばかりでなかったことがわかった。一九三六年ルーズヴェルトとランドン両候補の間に大統領選挙がたたかわれたとき、当時アメリカにおいて・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・フランスの敗れた本質的な理由としてあげている幾つかの事情も、つまりは結果として現れた現象を並べているにすぎず、何故それらのことは起ったのかという大切な点について彼の記述は全く史的な洞察を欠いている。一九三五年の早春のパリ事件の本質が、フラン・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・而して、そのおし出しが、現実生活の中に在って既に一つの人間性の非力化へ導く広き門であることを一部の作家が論じたが、その補強的な論の建て直しは当時の気分によって望ましいようには受けいれられなかったことを記述した。その弱い点は、三年後の一九三六・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・自分ではひどく不満足に思っているが、率直な、一切の修飾を却けた秀麿の記述は、これまでの卒業論文には余り類がないと云うことであった。 丁度この卒業論文問題の起った頃からである。秀麿は別に病気はないのに、元気がなくなって、顔色が蒼く、目が異・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・もとよりその詳細な測定や記述の仕事は、今後に残されているでもあろうが、しかしわれわれのような素人が、推古仏の源流を求めていろいろと考えてみるというような場合には、これで十分である。寸法が精確に測定されていながら、写像がぼんやりしているよりも・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫