・・・高瀬は泉が持っている種々なミレエの評伝を借りて読み、時にはその一節を泉に訳して聞かせた。「君は山田君が訳したトルストイの『コサックス』を読んだことがあるか。コウカサスの方へ入って行く露西亜の青年が写してあるネ。結局、百姓は百姓、自分等は・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・北村君の一番終いの仕事は、民友社から頼まれて書いたエマルソンの評伝であった。それは十二文豪の一篇として書いたものだが、すっかり書き終らなかったもので、丁度病中に細君が私の処へその原稿を持って来て、これを纏めて呉れないかという話があって、その・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・を保田与重郎が送ってくれ、わがひととは、私のことだときめて再読、そのほか、ダヴィンチ、ミケランジェロの評伝、おのおの一冊、ミケランジェロは再読、生田長江のエッセイ集。以上が先月のまとまった読書の全部である。ほかに、純文芸冊子を十冊ほど読んだ・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・最後のスタンドプレイ ダヴィンチの評伝を走り読みしていたら、はたと一枚の挿画に行き当った。最後の晩餐の図である。私は目を見はった。これはさながら地獄の絵掛地。ごったがえしの、天地震動の大騒ぎ。否。人の世の最も切なき阿修羅の姿・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・いつかクルイクシャンクの評伝を買った時に、そばに立っていた年少の店員が「クルイクシャンク/\」と言ってクスクス笑った。その時自分はなぜか顔面が急にほてるような気がした。この少年はたぶんこの画家の名前がおかしいから笑っただけだろうが、自分はあ・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ この評伝の美しさ、漲る誠意と、その土台をなして実に活々と確かに歴史の現実の諸関係をつかみ出している科学者としての方法は、ミケルアンジェロの芸術の本質をはっきりと描き出しているのみならず、当時の複雑きわまる社会と芸術との活きた画が立体的・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
私が、ゴーリキイの評伝を一冊にまとめて見たいと思った動機は二つあった。一つは、どちらかというと外部的な事情であった。 ゴーリキイが亡くなった後、私は、数篇の感想や評伝的なものを書いたのでそれをきっかけとして、一冊の本に・・・ 宮本百合子 「「ゴーリキイ伝」の遅延について」
・・・私が書いている評伝の後に興味ある文化年表をつけます。そちらの方を受持っていてくれるので、共通の仕事もあるから。三週間位の予定です。多分信州の上林へゆきます。大変やすくて、閑静でよさそうなところだから。芝のおじいさんたちのゆくところらしい様子・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・私はそこのかくれ場所で、何というひそかなたのしさでメレジェコフスキーの小説やトルストイとドストイェフスキーという評伝などを読んだことだろう。 心のときめくかくれ場所はもう一ところあった。それは本校のその建物の真裏で、となりの聖堂の土塀に・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ ブランデスは、ツルゲーネフが死んだ年非常に情愛のこもったツルゲーネフの評伝を書いた。その冒頭に「ツルゲーネフはロシアの散文家中最大の芸術家である」と云っている。 ブランデスがその評伝を書いた時から今日まで、既に五十一年の歳月を経、・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫