・・・売弄す懐中の宝 霊童に輸与す良玉珠 里見氏八女匹配百両王姫を御す 之子于に帰ぐ各宜きを得 偕老他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に団欒の日あり 名士豈遭遇の時無からん 人は周南詩句の裡に在り 夭桃満面好手姿 ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・というようなことを忠告する気にはなれない。生命にはその発動の機微があり、恋愛にはそれ自らのいのちがある。異性を恋して少しも心乱れぬような青年は人間らしくもない。「英雄の心緒乱れて糸の如し」という詩句さえある。ことにその恋愛が障害にぶつかると・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・これは、有名の詩句なんだそうだが、誰の詩句やら、浅学の私には、わからぬ。どうせ不埒な、悪文学者の創った詩句にちがいない。ジイドがそれを引用している。ジイドも相当に悪業の深い男のようである。いつまで経っても、なまぐさ坊主だ。ジイドは、その詩句・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・てれ隠しに、甚だ唐突な詩句を誦して、あははは、と自らを嘲った。「まいりますか。」竹青はいそいそして、「ああ、うれしい。漢陽の家では、あなたをお迎えしようとして、ちゃんと仕度がしてあります。ちょっと、眼をつぶって。」 魚容は言われるま・・・ 太宰治 「竹青」
・・・という先輩の詩句を口ずさみて酔泣きせし事あり。 八、他をも恨めども、自らを恨むこと我より甚しきはあるまじ。 九、起きてみつ寝てみつ胸中に恋慕の情絶える事無し。されども、すべて淡き空想に終るなり。およそ婦女子にもてざる事、わが右に出ず・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ヴェルレエヌ氏の施療病院に於ける最後の詩句、「医者をののしる歌。」を読み、思わず哄笑した五年まえのおのれを恥じる。厳粛の意味で、医師の瞳の奥をさぐれ! 私営脳病院のトリック。一、この病棟、患者十五名ほどの中、三分の二は、ふつうの・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・と、プウシキンの詩句、「あたしは、あした殺される。」とは、心のときめきに於いては同じようにも思われるだろうが、熟慮半日、確然と、黒白の如く分離し在るを知れり。宿題「チェック・チャックに就いて。」「策略ということについて。」「・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・九、十、十一、十二、十四等の音から成る詩句が色々に重畳しているというだけしか分りかねる。ただこういうものからだんだんに現在の短歌型式が発生して来たであろうということは、これらの詩の中で五および七の音数から成るものが著しく多数であることから想・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・試験の時に、かつて先生の引用したホーマーの詩句の数節を暗唱していたのをそっくり答案に書いて、大いに得意になったこともあった。 教場へはいると、まずチョッキのかくしから、鎖も何もつかないニッケル側の時計を出してそっと机の片すみへのせてから・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・しかるにフランスのハイカイはなるほど三つの詩句でできているというだけは日本のに習っているが、一句の長さにはなんの制限もないし、三句の終わりの語呂の関係にも頓着しない。それでは言わば多少気のきいたノート・ド・カルネーぐらいにはなるかもしれない・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
出典:青空文庫