・・・だから余程史料の取捨を慎まないと、思いもよらない誤謬を犯すような事になる。君も第一に先、そこへ気をつけた方が好いでしょう。」 本間さんは向うの態度や口ぶりから推して、どうもこの忠告も感謝して然る可きものか、どうか判然しないような気がした・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・まして昔、自分たちが、先生の誠意を疑って、生活のためと嘲ったのも、今となっては心から赤面のほかはない誤謬であった。思えばこの暇つぶしと云い生活のためと云う、世間の俗悪な解釈のために、我毛利先生はどんなにか苦しんだ事であろう。元よりそう云う苦・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・これはいわば私の私事ではあるけれども、その当時の新聞紙が、それについて多少の報道を公けにしたのであるが、また聞きのことでもあるから全く誤謬がないとはいえない。こうなる以上は、私の所言を発表して、読者にお知らせしておくのが便利と考えられる。・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・しかし心づかなかったら、これは大きな誤謬だといわなければならない。その動き方は未だ幽かであろうとも、その方向に労働者の動きはじめたということは、それは日本にとっては最近に勃発したいかなる事実よりも重大な事実だ。なぜなら、それは当然起こらねば・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・しかし我々は、それとともにある重大なる誤謬が彼の論文に含まれているのを看過することができない。それは、論者がその指摘を一の議論として発表するために――「自己主張の思想としての自然主義」を説くために、我々に向って一の虚偽を強要していることであ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・しかしこの議論には、詩そのものを高価なる装飾品のごとく、詩人を普通人以上、もしくは以外のごとく考え、または取扱おうとする根本の誤謬が潜んでいる。同時に、「現代の日本人の感情は、詩とするにはあまりに蕪雑である、混乱している、洗練されていない」・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ いまこゝでは、資本家等の経営する職業雑誌が、大衆向きというスローガンを掲げることの誤謬であり、また、この時代に追従しなければならぬ作家等が、資本家の意志を迎えて、いつしか真の芸術を忘れるに至ったことを指摘しようと思います。 先ず、・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・その思想には、人間性の飛躍も、向上も無視した誤謬はあったが、これがために、恋愛至上といった、空想は破れたのである。そして、人間生活を現実的に、実際的に凝視せしむるに至った。 幻滅の悲哀は、人間生活の何の部面にも見出された事実ではあったが・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・ 私は、時間といい、また空間という、仮定された思想のために多くの人々が、生活を誤謬の淵底に導きつゝあることを知った。此世に時間というものはない。此の世に空間と名づけられた形あるものもない。ただ、それが観念に過ぎぬと知った時に自分等の生活・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・最高学府なんぞ出たからとて、べつだん自慢にも、世渡りのたしにも、……ことに今になっては……ならぬ故、どうでもよいことだが、しかし、まあ誤謬だけは正して置こう。実は、おれは中等学校へは二三年通ったことはあるが、それ以上の学問は、少なくとも学校・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫