・・・消極的美をもって美の全体と思惟せるはむしろ見聞の狭きより生ずる誤謬ならんのみ。日本の文学は源平以後地に墜ちてまた振わず、ほとんど消滅し尽せる際に当って芭蕉が俳句において美を発揮し、消極的の半面を開きたるは彼が非凡の才識あるを証するに足る。し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ビジテリアンの主張は全然誤謬である。今この陰気な非学術的思想を動物心理学的に批判して見よう。 ビジテリアンたちは動物が可哀そうだから食べないという。動物が可哀そうだということがどうしてわかるか。ただこっちが可哀そうだと思うだけである・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・猪木氏の出現は、今日の若い読者層が過去の社会科学の文献に通じていず、したがって同氏が論拠とされている、ローザ・ルクセンブルグやトロツキーなどの引用文の、革命理論の誤謬を実際的に批判する能力は持っていないというギャップをねらっています。同氏が・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・という国内戦時代のコムソモールたちの感情、若さから誤謬は犯しながら雄々しく実践でそれを清算する働きぶりなどを歴史的に見た劇を上演している。ハバロフスクへ潜行運動にベザイスが、絵を描いた貨車にのっかって行く。その中途から頼まれてのせてやった娘・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ あの評論にふくまれている誤謬は、プロレタリア文学の戦線拡大に対する政治的態度の未熟さと、そこからひきおこされた文学に対するピューリタニックな熱情の噴出にあったのだった。それは、作品を批評された作家たちにやけどさせたばかりでなく、筆者自・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ ―――――――――――――――――――― 右の細木香以伝は匆卒に稿を起したので、多少の誤謬を免れなかった。わたくしは此にこれを訂正して置きたい。 香以伝の末にわたくしは芥川龍之介さんが、香以の族人だと云・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・書物に誤謬のない書物はない。飜訳に誤訳のない飜訳はない。あるはずである。それをあらせまいと努力するより外ない。私は私の性質と境遇との許す限り、この努力をしようと思う。十四 ファウストは一万二千百十一句ある。その中で諸家のコン・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・それから日本人の書いたドイツ文や、日本人のドイツ語から訳した国文を渉猟して見たが、どれもどれも誤謬だらけである。その中でF君は私が最も自由にドイツ文を書き、最も正確にドイツ文を訳すると云うことを発見した。しかし東京にいた時の私の生活はいかに・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・この文章は十七年前に書かれたものであるが、その後の年月はこの文章の誤謬をはっきりと示している。木下は確乎としたフマニストであって享楽人ではない。 和辻哲郎 「享楽人」
・・・そうしてこの歯の浮くような偶像破壊が、結局、その誤謬をもって予を導いたのであった。――予は病理的に昂進した欲望をもって破壊に従事した。行き過ぎた破壊は予を虚無の淵にまで連れて行った。偶像破壊者の持つ昂揚した気分は、漸次予の心から消え去った。・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫