・・・こう云う今人の論法は勿論所謂循環論法に過ぎない。 況や更にこみ入った問題は全然信念の上に立脚している。我々は理性に耳を借さない。いや、理性を超越した何物かのみに耳を借すのである。何物かに、――わたしは「何物か」と云う以前に、ふさわしい名・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・僕はこの論戦より僕の論法を発明したり。聞説す、かのガリヴァアの著者は未だ論理学には熟せざるも、議論は難からずと傲語せしと。思うにスヰフトも親友中には、必恒藤恭の如き、辛辣なる論客を有せしなるべし。 恒藤は又謹厳の士なり。酒色を好まず、出・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・一分は六十秒なりの論法だね。A そうさ。一生に二度とは帰って来ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい。ただ逃がしてやりたくない。それを現すには、形が小さくて、手間暇のいらない歌が一番便利なのだ。実際便利だからね。歌という詩形を持っ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 惣治は兄の論法に苦笑を感じた。五 四月も暮れ、五月も経って行った。彼は相変らず薄暗い書斎に閉籠って亡霊の妄想に耽っていたが、いつまでしてもその亡霊は紙に現れてこなかった。 ある日雨漏りの修繕に、村の知合の男を一日雇・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・なんだか、子供だましみたいな論法で、少し結論が早過ぎ、押しつけがましくなったようだ。 けれども、も少し我慢して彼のお話に耳を傾けてみよう。ジイドの芸術評論は、いいのだよ。やはり世界有数であると私は思っている。小説は、少し下手だね。意あま・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・もちろんこれは大風が吹いて桶屋が喜ぶというのと同じ論法ではあるが、そうかと言ってそういうことが全然ないということの証明もまたはなはだ困難であることだけは確かである。証明のできない言明を妄信するのも実はやはり一種の迷信であるとすれば、干支に関・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・これと同じ論法で押して行くと結局アインシュタイン自身もまだ徹底的には相対性原理を理解し得ないのかもしれないという事になる。 こういうふうに考えて来ると私には冒頭に掲げたアインシュタインの言詞がなんとなく一種風刺的な意味のニュアンスを帯び・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・あんまりお調子づいて、この論法一点張りで東西文明の比較論を進めて行くと、些細な特種の実例を上げる必要なくいわゆる Maison de Papierに住んで畳の上に夏は昆虫類と同棲する日本の生活全体が、何よりの雅致になってしまうからである。珍・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・しかしその論法は大体においての場合、すなわち吾人は知の働きを愛して、これに一種の情を付与すと云う条りに説明したものと変りはありません。吾人の心裏に往来する喜怒哀楽は、それ自身において、吾人の意識の大部分を構成するのみならず、その発現を客観的・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・この己を生むための方便だ、自分が消えると気の毒だから、子に伝えてやる、という事に考えても差支ない。この論法からいうと、芸術家が昔の芸術を後世に伝えるために生きているというのも、不見識ではあるが、やっぱり必要でしょう。ことに旧芝居や御能なんか・・・ 夏目漱石 「無題」
出典:青空文庫