・・・ 二十五日井原退蔵 木戸一郎様 謹啓。 御手紙を、繰り返し拝読いたしました。すぐにはお礼状も書けず、この三日間、溜息ばかりついていました。私はあなたのお手紙を、かならずしも聖書の如く一字一句、信仰して読んだわ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・「謹啓。一面識ナキ小生ヨリノ失礼ナル手紙御読了被下度候。小生、日本人ノウチデ、宗教家トシテハ内村鑑三氏、芸術家トシテハ岡倉天心氏、教育家トシテハ井上哲次郎氏、以上三氏ノ他ノ文章ハ、文章ニ似テ文章ニアラザルモノトシテ、モッパラ洋書ニ親シミ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・例えばこんな工合いであった。謹啓、よもの景色云々と書きだして、御尊父様には御変りもこれなく候や、と虚心にお伺い申しあげ、それからすぐ用事を書くのであった。はじめお世辞たらたら書き認めて、さて、金を送って下されと言いだすのは下手なのであった。・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫