・・・ 香港の警察署の調べた所じゃ、御嬢さんを攫ったのは、印度人らしいということだったが、――隠し立てをすると為にならんぞ」 しかし印度人の婆さんは、少しも怖がる気色が見えません。見えないどころか唇には、反って人を莫迦にしたような微笑さえ浮べ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・旦那様はお帰りになりませんし、――何なら爺やでも警察へ、そう申しにやって見ましょうか。」「まあ、婆やは臆病ね。あの人なんぞ何人来たって、私はちっとも怖くないわ。けれどももし――もし私の気のせいだったら――」 老女は不審そうに瞬きをし・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・井戸のつるべなわが切ってあって水をくむことができなくなっていたのと、短刀が一本火に焼けて焼けあとから出てきたので、どろぼうでもするような人のやったことだと警察の人が来て見こみをつけた。それを聞いておかあさんはようやく安心ができたといった。お・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・主人も、非常に閉口したので、警察署へも依頼した、警察署の連中は、多分その家に七歳になる男の児があったが、それの行為だろうと、或時その児を紐で、母親に附着けておいたそうだけれども、悪戯は依然止まぬ。就中、恐ろしかったというのは、或晩多勢の人が・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や、僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりではない。その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色々な秘密らしい口供・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・さっそく妙な男は、盗賊とまちがえられて警察へ連れられていきましたが、まったくの盗賊でないことがわかって、放免されました。それからというものは、妙な男は夜も外へ出なくなって、昼も夜もへやに閉じこもっていました。そして、その電信柱も、いろいろ世・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・みつかって、警察へ突き出される覚悟でした。おかしい話ですが、留置所へはいって食う飯のことが目にちらついてならなかった。人間もこうまであさましくなるものかと思いました。が、線路工夫には見つからずにすんで、いわば当てが外れたみたいなものでした。・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 最初の月給日、さすがにお君の喜ぶ顔を想像していそいそと帰ってみると、お君はいなかった。警察から呼出し状が出て出頭したということだった。三日帰ってこなかった。何のための留置かわからなかったが、やつれはてて帰ってきたお君の話で、安二郎の脱・・・ 織田作之助 「雨」
・・・「そりゃ君、警察眼じゃないか。警察眼の威力というのは、そりゃ君恐ろしいものさ」 警官は斯う得意そうに笑って云った。 午下りの暑い盛りなので、そこらには人通りは稀であった。二人はそこの電柱の下につくばって話した。 警官――横井・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と念を押しながら、まだ十二時過ぎたばかりの時刻だったので、小僧と警察へ同行することにした。 警察では受附の巡査が、「こうした事件はすべて市役所の関係したことだから、そっちへ伴れて行ったらいいでしょう」と冷淡な態度で言放ったが、耕吉が執固・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫