・・・なおそれのみに止まらず、紅雨は門と玉垣によって作られた二段三段の区劃を眺めてメエテルリンクやレニエエなどが宮殿の数ある柱や扉によって用いたような象徴芸術の真髄を会得したようにも感じた。」 実際この二世紀以前の建築は自分に対して明治と・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・同じやうに我等の書物に於ける装幀――それは内容の思想を感覚上の趣味によつて象徴し、色や、影や、気分や、紙質やの趣き深き暗示により、彼の敏感の読者にまで直接「思想の情感」を直覚させるであらうところの装幀――に関して、多少の行き届いた良心と智慧・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・それは詩の情操の中に含蓄された暗示であり、象徴であり、余韻である。したがつてニイチェの善き理解者は、学者や思想家の側にすくなくして、いつも却つて詩人や文学者の側に多いのである。 近代の文学者の中で、ニイチェほど大きく、且つ多方面に影・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 彼女は、被搾取階級の一切の運命を象徴しているように見えた。 私は眼に涙が一杯溜った。私は音のしないようにソーッと歩いて、扉の所に立っていた蛞蝓へ、一円渡した。渡す時に私は蛞蝓の萎びた手を力一杯握りしめた。 そして表へ出た。階段・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・文学の方で最近の傾向はシンボリズムとか、ミスチシズムとか云うのだが、イズムの中に彷徨いてる間や未だ駄目だね。象徴主義で云う霊肉一致も思想だけで、真実一致はして居らんじゃないか。で、私は露語の所謂ストリャッフヌストと云ったような時代……つまり・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・この時はもう優美な日本女性のシンボルであった丸髷はエプロン姿にその象徴をゆずった。 エプロン姿は幾旬日かの間に、良人にかわって一家の経営をひきついで行かなければならなくなった主婦たちの感情を反映するようになり、この多岐な一年の終りの近づ・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・の打算、必要の相互関係のなかで発揮された一個人甚兵衛の彼にとって最も効果的な命のすてかた、敵の殺しかたとして観察しているのであって、そのような機会をつかんだ甚兵衛の辛辣な笑いに表現された復讐の対象に、象徴されるべきより広汎なものは掴んでいな・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・新感覚的表徴は少くとも悟性によりて内的直感の象徴化されたものでなければならぬ。即ち形式的仮象から受け得た内的直感の感性的認識表徴で、官能的表徴は少くとも純粋客観からのみ触発された経験的外的直感のより端的な認識表徴であらねばならぬ。従って官能・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・また Fetisch という概念がアフリカの宗教の象徴として発明された。呪物崇拝などということは全くのヨーロッパ製である。ニグロ・アフリカのどこを探したってニグロの間には呪物の観念などは存していない。 こういうわけで、「野蛮なニグロ」と・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・人は誠実に生きる限り――生を避けて、生きながら死んだものにならない限り――才なき者は才なきままに、弱き者は弱きままに、人類の運命を象徴するのである。 それゆえ私は、現在の自分もまた小さい一つのファウストを描く権利を持ちたい。私は体験の渦・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫