・・・万一形が崩れぬとした所で、浅草へ見世物に出されてお賽銭を貪る資本とせられては誠に情け無い次第である。 死後の自己に於ける客観的の観察はそれからそれといろいろ考えて見ても、どうもこれなら具合のいいという死にようもないので、なろう事なら星に・・・ 正岡子規 「死後」
・・・味噌汁をくはぬ娘の夏書かな鮓つけてやがて去にたる魚屋かな褌に団扇さしたる亭主かな青梅に眉あつめたる美人かな旅芝居穂麦がもとの鏡立て身に入むや亡妻の櫛を閨に蹈む門前の老婆子薪貪る野分かな栗そなふ恵心の作の弥陀仏・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・四月号の赤線のところだけをよって貪るように目を通した。酸っぱいような口つきをし、「…………」 スリッパを穿いた膝がしらをすぼめて雑誌をかえした。清水は、放っておいたと云うが、「働く婦人」は一月創刊号から毎月発禁つづきである。しかも三・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・「斯くの如く一日は極めて速かに流れ、この精力的な労働者は僅かの安眠を貪るべく寝床に就くのである。」 ブランデスは、然し、この記述で計らず自身の道徳律の領域に描写を止めているのは面白いことである。バルザックの一日の内容にはもっともっと他の・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・或る時はそれを受とりに立ったままの姿勢で、或る時は板壁に向って作りつけてある小机に向い、それ等の一枚一枚を私は貪るように繰返し読むのであったが、文面に真心をこめてのべられている弔辞と、自分の胸に満ちている情感とにどこか性質の違うところがある・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・強いて推察して見れば、この百物語の催しなんぞも、主人は馬鹿げた事だと云うことを飽くまで知り抜いていて、そこへ寄って来る客の、或は酒食を貪る念に駆られて来たり、或はまた迷信の霧に理性を鎖されていて、こわい物見たさの穉い好奇心に動かされて来たり・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・吾人の心は安逸を貪るべきでない。真と義と愛と荘とのためにあらゆる必死の奮闘を要す。精神が「義」に猛烈なる執着をなせば犠牲の念は忽然として翼をのぶ。ニュウトンといいワシントンといいルーテルという、彼らが大建設の時代は満身犠牲の念に充つ。心霊は・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫